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ルビッチの『生きるべきか死ぬべきか』

エルンスト・ルビッチというドイツ出身の映画監督を知ったのは、小津安二郎の映画にハマってからだ。小津独特の映画スタイルを確立した戦後の小津も大好きだが、戦前の作品は様々なタッチと魅力があって、しかも駄作というのがほとんどない。『生まれてはみたけれど』(1932年)や『淑女は何を忘れたか』(1937年)などを観た時は、当時の日本のコメディってこんなに洗練されていてレベルが高かったのかと驚き、特に『淑女は何を忘れたか』は、独特の空気感とリアルで自然な演出には唸らされた。そして、この映画が“ルビッチ風コメディー”と呼ばれていることを知り、ルビッチ監督のことがずっと気になっていた。コメディではないが、同じく小津監督の『東京の女』(1933年)では、小津がエルンスト・シュワルツというペンネームを使っており、ルビッチへの傾倒ぶりが相当なものだと想像つく。
最近になってようやくルビッチの映画を観た。代表作といわれる『生きるべきか死ぬべきか』だ。ドイツの侵攻が始まったポーランドを舞台にしたコメディ。内容自体は直接ナチス批判をするようなストーリーではないが、ヒトラーが首を吊っている絵が出て来たりと、かなり痛烈な風刺がある。てっきり戦後の作品かと思ったら、1942年製作というから驚き。ルビッチは1919年に渡米しており、これはアメリカ映画です。どうも戦前から戦争初期のアメリカ国内でのナチの立ち位置というのが良く分らない。自分が歴史に疎いこともあるが、ネットで調べるとドイツ系アメリカ人協会という親ナチの団体があったことくらいしか分らない。しかもこの団体、1941年以降には指導部が逮捕された、とあるから少なくともアメリカの参戦(1941年)後は大半の人がナチスに批判的だったのだろう。ヒトラー存命中の反ナチ映画というとチャップリンの『独裁者』が有名だが、こちらは1940年公開。なんとも微妙な時期の作品。9.11直後のアメリカと、イラク攻撃後の世論みたいな違いがあったんだろうか。
そして、本題のルビッチ監督『生きるべきか死ぬべきか』だけど、実はどうもピンと来なかった。“いろいろな本物と偽物”が交錯するあたりは『独裁者』の影響をもろに受けてると思うし、脚本も緻密でよく練られた作品だとは思う。演出は基本リアルで、いかにもコント的な映画ではないノリで進行していく。そういう空気の中、要所要所で出てくる“わざとらしい”演技が気になってしょうがない。主役が「To Be or Not to Be」というセリフを言うシーンや、寝室でソビンスキー中尉を見つけて戸惑うシーンなど、普通のコメディなら充分あり得るのだけど、どうも自分的にはしっくりこない。風刺もストーリーも中途半端という気がするし、ラストのオチも予想通りのありふれた終わり方だった。この作品よりも古い小津映画が自分にはインパクトがあって、期待が大きすぎたのだろうか。ネットでの評価は、とても高いが、これは巨匠ルビッチ監督ということで、なんとなく気持ち的に水増しされてしまっているんじゃないだろうか。

※これはドイツ語の吹替え版ですな。

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