山椒大夫(溝口健二)

先月、『日本映画全盛期』なんて仰々しいタイトルの記事に書いた“2009年に観たベスト2作品(2009年度作品のベストじゃないです(笑))”のうちの一つ、溝口健二『山椒大夫(1954年)』について書こうと思う。これは55年も前の作品で、同じ年に製作された映画には、ヒッチコックの『裏窓』や黒澤明『七人の侍』、第一作目の『ゴジラ』などがある。
さて『山椒大夫』だが、ストーリーだけを取り上げるなら単に悲しく残酷な昔話。それなのに、まるで身近に起きた現実のようにショックを受けた。あまりにも突然起きる予期しない別れや、納得できないまま襲いかかる絶体絶命の危機。特に、倒れ込む田中絹代の目の前に光る刀のシーンなんて臨場感あり過ぎて「やめてくれ〜!」と叫びたくなるほど。このシーンに限らず、ドラマティックな場面でも演出は淡々としているし、演技も大げさにならないよう抑えられている。それがかえって残酷さを浮き立たせ、どこまでもリアルなのだ。
ひたすら暗い内容なのに、観た印象は全く違う。どのシーンも映像が非情に綺麗なので、最後まで引き込まれ見飽きることはない。まるで当時の世界にタイムトラベルして撮影してきたかのような映像には本当に圧倒される。
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溝口健二は、基本的にロケかオープンセットの人だと思うんだが、特にこの作品の場合、どこまでがロケで、どこまでがオープン・セットで、どのシーンがスタジオなのか見分けがつかない程。DVDの特典音声で、宮川一夫はじめ当時のスタッフの方々がインタビューに答えて説明してるのだけど、それで初めて分る事が多く何度も唸ってしまう。わざわざ山の上に建設した大掛かりなセットもあれば、歴史的な建物での撮影もある。奇跡的に残っていた中世のままの風景を撮影したシーンもあれば、イメージ通りの“絵(画)”にするために多くの人夫を雇って手を加えた景色もある。溝口お得意の幻想的な森の中の池や外海の海岸線、(『雨月物語(1953年)』でも使われた)琵琶湖での場面も、悲しく残酷なシーンなのに息を飲むほど美しい。感心したのは、セットを建てた後、“汚し屋”と呼ばれる専門職の手で年季や生活感を出すための“味付け”をして最終的に仕上げるという事。こういった職人さんは今の映画界には存在しない職種なのだそうだ。
そしてそして、名カメラマン宮川一夫による撮影。逆光気味のシーンが多く、後方からの陽で顔の縁がクッキリと白く光り、画面に良い感じのコントラストを作っていたりする。また「こんな絵画のような場所が本当にあるのか…」と絶句しそうな“キラキラ光るススキのシーン”なんかは有名なんだろうな(これは天然の風景で、全く手を加えてないそうだ)。逆に、灯りは松明だけという夜のシーンなんかは、本当に照明を使わずに撮っているんじゃないかと思えるほどで、キューブリックの『バリー・リンドン』を思い起こす(もちろん実際には人工の照明も使っているそうだ)。他にも、山から街を見下ろす壮大な景色(今ではそういった風景は残ってない)とか、あまりにも神々しい入水シーンとか、ラストの海岸から小屋へ移る(小屋が映る)シーンとか…、美術の名画のようなシーンが“てんこ盛り・数珠つなぎ”状態の圧倒的傑作です。あの時代だから作れた、という事もあるんだろうけど、つまりは、もう絶対に作ることの出来ない映像作品だな。
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by quampaney | 2009-07-13 23:29 | 映画 / アニメ | Comments(0)