カール・ストラス(Karl F. Struss, 1886年~1981年)

小津安二郎とチャップリン作品の中での珍しいショットについての記事
を書いてから、カール・ストラスというカメラマンが気になり、調べてみた。
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チャップリンの『独裁者(1940年)』
『ライムライト(1952年)』で、ロリー・トザローと共に撮影を担当したカール・ストラス。色々な名画に関わっていた名カメラマンだったとは知らなかった。知らないうちに観ていた作品もいくつかある。
>>Wikipedia:カール・ストラス(Karl Struss)
>>Internet Encyclopedia of Cinematographers

ピクトリアリスムと呼ばれる絵画的で反リアリズムな写真を目指すアーティスト集団「フォト・セセッション」に参加。仕事としてはヴォーグなどのファッション雑誌に掲載する写真を担当。その後、1919年にハリウッドに移った。
セシル・B・デミルの『男性と女性(1919年)』ではスチール担当だったが、翌1920年からは『Something to Think About』などで撮影を担当、1925年の名作『ベン・ハー』(チャールトン・ヘストン主演の方ではなく、ウィリアム・ワイラーが助監督時代の作品で、当時の制作費で200万ドルを投じた大作。群集の場面では12万人ものエキストラが動員されたそうだ。)にも4人のカメラマンのうちの1人として参加。1927年の『サンライズ』ではアカデミー撮影賞を受賞。第1回のアカデミー賞(翌1928年)ということで記念すべき“史上初”の撮影賞だ。ちなみに、チャップリンの『サーカス』は、同じく第1回のアカデミー特別賞だった。
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チャップリンの親友ダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードの二人が出演した『じゃじゃ馬馴らし(1929年)』でも撮影を担当しており、『独裁者』での起用は、このあたりの繋がりかも知れない。その他、“主観カメラ”が画期的だったフレデリック・マーチ版『ジキル博士とハイド氏(1932年)』や、『火星探険(1950年)』『クロノス(1957年)』『蝿男の恐怖(1958年)』(デイビッド・クローネンバーグの『ザ・フライ』は、これのリメイク)などで撮影を担当した。
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あと、ノー・クレジットだが『風と共に去りぬ(1939年)』では、テクニカラー・テスト撮影の監督をしている。
チャップリンより3歳上、1986年生まれのドイツ系アメリカ人が反ナチ映画の『独裁者』の撮影を担当するというのも皮肉だ。

カメラのレンズで特許も取っている。
>カール・ストラスが1909年に特許を取得…
>カール・ストラス/ピクトリアル・レンズ

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by quampaney | 2009-10-22 23:11 | 映画 / アニメ | Comments(0)