『大阪物語』はラテン
そういった違和感はオープニング・タイトル後からすでにあった。溝口作品は、タイトルとクレジットが流れるバックに、雅楽などの“邦楽”が使われる事が多いが、この『大阪物語』でも「イヨォオーーッ」という掛け声から長唄(端唄?)が始まる。
しかし何か違う。
ラテンだ!
シャカシャカとリズムを刻むギロとクラベスが邦楽に乗っかっている。
最初は「まさかな…」と思っていたが、クラベスの3-2クラーベで確信した。
(劇中では、もう少しコンテンポラリーな2-3クラーベでのテンポの早い曲がコミカルに流れる)
いつもは「音楽」を早坂文雄、「邦楽」を望月太明吉という人が担当することが多い。(たとえば『山椒大夫(1954年)』『祇園囃子(1953年)』『雨月物語(1953年)』では、「邦楽」として望月氏の名前がクレジットされている)今回は「音楽」を『ゴジラ』などで有名な伊福部昭(いふくべ・あきら)。そして「邦楽」は中本利生という人が担当。この“ラテン邦楽”は中本氏がアレンジしたものなのか、それとも伊福部氏とのコラボなんだろうか。
イントロはゆっくりと始まって、その後少しづつテンポが上がっていく様子を聴いていると、ラテン・チームが邦楽に合わせているように聴こえる。クラベスが小鼓(こづつみ)の音色にも聴こえてくるのも面白い。私がラテン音楽にハマった数年前「ラテンと邦楽は相性がいいのでは」と考えていたのだが、まさか半世紀も前の映画で耳にするとは思っていなかった。この“ラテン邦楽”は『大阪物語』のコミカルな要素と、さらに言うなら“日本のラテン”ともいわれる『大阪』そのものを巧く表現したものだろうか。私には映画そのものよりも、この奇妙な音楽が一番インパクトがあった。