小津映画の不思議なライティング(比較:成瀬巳喜男)

以前、mixiの[夜のおんな]さんから『小津の切り返しショット[3]:イマジナリーライン超え』という記事に非公開コメントを頂いておりました。それは、掲載した切り返しショットの“照明の方向”についてのご指摘です。(ご本人の了解を得てHNを載せました)
指摘のショットでは向かい合った司葉子と原節子の“アゴの影(一番濃い影)”が同じ方向に出ています。もちろんセット内の撮影でもあり、ライティングは一方向だけとは限らないが、キーライトが同じ方向ではないか、という鋭い発見。つまり「対面座りの設定だと、この照明は“間違い”ということ」になります。しかし、額を中心とした顔の反射(ハイライト)は逆方向とも見えるので、通して観るとそれほど不自然には感じられない。
『秋日和(1960年)』
b0183304_20462716.jpg

では、他の切り返しショットはどうだろう。
『彼岸花(1958年)』での有馬稲子と田中絹代のカットでは、有馬を照らしているはずの左上からの灯りよりも右上からの照明(キーライト?)の方が強く、結果的に二人のアゴの影も顔の明るい部分も“同じ方向”だ。あり得ない。明らかに“三次元的に不自然=間違い”だといえる。
b0183304_2047686.jpg

同じく『彼岸花』から佐分利信とのツーショット。
田中のほぼ正面からのライトはツーショットのカットとの整合性があるが、佐分利の顔の明るい部分を見ると、部屋の灯りとは逆方向だ。
b0183304_20475122.jpg

カメラはイマジナリーラインを越え、対話する二人の視線は合わず、それに加えて照明も“ちぐはぐ/間違い”な不思議世界。しかも、1カット1カットがまるでスチル写真のようだ。
しかしよく考えてみると、異なった方向からのライティングをするためには、わざわざアングル毎に照明機材を移動させなければならず、あえて手間がかかる仕事にしている訳だ。
b0183304_20482517.jpg

私は映画の撮影現場について詳しくはないし、ただ画像を見ただけではキーライトおさえの方向を正確に言い当てる事は出来ませんが(^_^;)、ひょっとするとこの奇妙な照明によって、イマジナリーラインや視線のズレが相殺され、不自然さを打ち消す事に一役買っているのではと思う。(夜のおんなさん曰く「イマジナリーラインのズレを意識させないような照明の当て方」)写真や映像関係に詳しい方のご意見も伺いたいです。
極端な話、太陽光や部屋の灯りなど実際に想定される照明とは“別”に「小津の照明(神の光)」が存在して、役者や大道具・小道具が「小津(神)の意図」で回転舞台のように移動し続ける・・・。小津映画は、そんな不思議な世界のような気さえする。
b0183304_20485437.jpg
『東京暮色(1957年)』より

ドラマ中の現実世界ではあり得ない照明、イマジナリーラインの不自然さを相殺する小津映画の照明は、他の映画監督と比べて“平面的(フラット)”ではないだろうか。特に、一番上の『秋日和(1960年)』の切り返しショットのように“ちぐはぐ”な照明は、結果的にフラットとも言えそうだ。

たとえば、成瀬巳喜男の作品での「切り返し〜ツーショット」シーンはどうだろう。

『娘・妻・母(1960年)』
b0183304_20493891.jpg

『乱れ雲(1967年)』
b0183304_2050928.jpg

小津と比べると(たぶん)キーライトが強く陰影のコントラストが強い。しかし、極めて自然だ。たまたまそういったシーンを選んだ訳ではなく、どの作品も全体的にハイライトがはっきりしているようだ。背景にクッキリと人物の影が映るカットもある。よって、小津のような三次元での矛盾もない。ついでながら、人物の視線や身体の向きがほぼ固定された小津と違って、顔の向きや姿勢、目線も左右上下とよく動く。『めし(1951年)』『あに・いもうと(1953年)』あたりの作品でも同様だ。

キーライトとおさえ:映像制作裏ワザ入門
自分もしたなら相手も許す?知ったかぶり経験

■主な関連記事
 『大学は出たけれど』-2:小津の切り返しショット[1]
 小津安二郎『大学は出たけれど』-1
 小津安二郎『学生ロマンス 若き日』-1
 小津安二郎の「青」と「晴天」
 小津安二郎の「朱(あか)」と「アグファ(Agfa)」
 小津安二郎の「緑」/その1『浮草』
 小津安二郎の「色」/オフィス、アパート・・・
[PR]
by quampaney | 2010-05-04 20:56 | 映画 / アニメ | Comments(2)
Commented by 夜のおんな at 2010-05-06 00:24 x
quampaneyさま
わざわざ成瀬作品まで比較していただきとてもうれしいです。
記されている通り、成瀬作品の照明はとても基本に忠実ですね。
これからもブログ楽しみにしております。
それでは。
Commented by quampaney at 2010-05-06 12:35
夜のおんな様の“目からウロコ”なご指摘のおかげで
ますます小津作品の楽しみ方が増えました( ´∀`)
貴重なコメントありがとうございました。