松竹以外での小津作品の照明:前置きと『早春』

『小津映画の不思議なライティング』という記事で、切り返しショットでは“照明も”切り替わる場面があるという事を書いた。イマジナリーライン超えのカットを調べるために“たまたま”選んだシーンについて、“三次元的に不自然=(≒)間違い”と言える照明なのではないか…と、mixiの「夜のおんな」さんからメッセージを頂いた。ただ、記事にも書いたように、そのうちの一つ『秋日和(1960年)』での切り返しショットは、シーンを通した流れの中で見ると、不自然さを感じない。影ではなくハイライトを中心に見れば、微妙ではあるが“三次元的にも同方向”からの照明と言える。しかし、比較として例を挙げた“成瀬作品での自然な照明”とは違って、小津映画では曖昧(あいまい)で“微妙”な照明がしばしば登場する。そして時に、“完全に不自然”な“整合性のない”照明が見られる。今回の記事を書くにあたって数本の戦後作品をチェックしてみたが、本当に“不自然な”照明の切り返しショットというのは、一本の作品中に“数回”程度の頻度でしか登場しない。(数回も登場する、と言った方がいいのか?)

※クリックで拡大(以下同)
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ただし、たとえば『早春(1956年/照明:加藤政雄)』という作品を例にとってみる。この映画を照明に注目してチェックしてみると、明け方や夕暮れに窓越しに陽が射し込むシーンや、暗めの室内にほとんど電球だけの少ない灯りなど、明暗のコントラストが強いシーンが多い。そういったリアルなライティングは、小津作品としては“特殊”というか“例外的”な作品なのかもしれない。
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そして、“三次元的に不自然”なショットというのは、ほとんど見られない。例えば、バーのシーンでもいつもより立体的なライティングだったりする。とはいえ実際のところ、“小津作品全体”での不自然な照明の頻度は、それなりに時間を掛けて調べないと正確な事は書けない。今後の課題と言う事にしてみる。
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例の記事で成瀬作品を例に出したのは、和室での切り返しシーンがあり、小津と似た部分もあって比較しやすいと考えたのだが、その後mixiのテネンバウムスさんから「カメラマンが違う松竹以外の小津作品での比較も面白いのでは」というメッセージを頂いた(^_^;)…そうなんです!しかし、まずは「小津vs他の監督」という対立軸で大枠を見せておいてから、その段階に行こうと考えていました。それと、ヴィム・ヴェンダース監督の『東京画(1985年)』いう映画でも、厚田カメラマンが「照明は(小津監督が)完全に任せてくれました」と語っており、では厚田氏が担当していない松竹以外での作品ではどんな照明になっているのか、とても気になっていて、調べなければと思っていたところです。

前置きが長くなり、1本の記事になってしまった(笑)
小津監督が松竹以外でメガホンをとった3作品、『宗方姉妹(1950年)』『浮草(1959年)』『小早川家の秋(1961年)』をチェックしてみたが、これまた色々と面白い発見があった・・・。
(続く…)
■主な関連記事
 小津作品の照明:陰影による演出
 『宗方姉妹(東宝)』松竹以外での小津作品の照明-1
 『浮草(大映)』松竹以外での小津作品の照明-2
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b0183304_16485952.jpg『早春(1956年)』
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by quampaney | 2010-07-16 23:57 | 映画 / アニメ | Comments(0)