小津安二郎:撮影と小道具に関する「小ネタ」

イマジナリーライン越えや、辻褄の合わない照明など、三次元的な整合性よりもカット毎の美を追求した小津安二郎は、小物の大きさや配置にも独特な配慮をしていたという。例えば、これは情報源を忘れてしまった逸話で恐縮だが、同じシーン内で同じ場所に置いたビール瓶を、大瓶と中瓶を入れ替えるというように、カットが変わると違う小道具に置き替えたりする細工をする事があるそうだ。どの作品のどのシーンかは知らないが、そういった例のように、カット毎に“絵になる”サイズの小物を“絵になる”位置に置く、という事にも神経を使っていたようだ。それは、セット上の位置というより、カメラを通した“二次元としての美”が最優先という訳だ。
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ビール瓶という事で真っ先に思い浮かぶのは、やはり『浮草(1959年)』の冒頭シーン。この奇妙なカットは、小津自身が追求した二次元的な美のパロディなのだろうか。この滑稽にも見えるカットは、一体どういった意図でレイアウトされたのか、捉え方に悩んでしまう。

『朗かに歩め(1930年)』より
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こういった浮世絵を模したインサート・カットは小津作品にしばしば登場するが、遠近感を強調した浮世絵風カットとは違って『浮草』でのビール瓶と灯台のショットは平面的だし、ユーモラスでトリッキーだ。

違うサイズの小道具に差し替える例とは少し違うが、小物の置かれる“位置”が変わる場面を見つけたので紹介してみる。
小津のカラー第一作『彼岸花(1958年)』での一場面で、湯呑みの配置に違和感を感じた。
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↑節子(有馬稲子)の帰りを待つ母(田中絹代)の前に置かれた湯呑みは、ちょうど廊下の戸が合わさった真ん中にある。あまりにピッタリと合った位置なので妙な感じだ。また、湯呑みは座卓の真ん中に置いてあるようにも見える。

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↑節子が谷口(佐田啓二)に送られて帰ると、玄関まで出迎える。帰った節子を父・平山(佐分利信)が呼び止めて座らせ、先程の座卓に三人で囲む。カメラは少し後ろに引き、そのためにアングルが変わったのか、湯呑みが左に移動したように見える。黒い灰皿との距離は前のカットと同じくらいだ。田中絹代は佐分利と正面向きに座って、有馬と話す時には首だけを左に向ける格好だ。

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↑いくつかの切り返しシーンの後、節子の正面にあった湯呑みは更に左へ移動。灰皿との距離も離れる。田中の身体の向きも、いつの間にか左に向けられている。

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↑カメラが反対側に廻り、陰影のかかった平山(佐分利)が「兎に角おれは不賛成だ!」と言って立ち上がるカット。灰皿は、元々手前のカメラ寄りにあったのか、前のカットよりも湯呑みに接近したように見える。少なくとも“二次元的”には、二つの小道具が近づいて映っている。

小津の作品をじっくりと観察すれば、おそらくこういった“移動する小道具”は多く見つかるだろう。その中には、完璧主義者の小津とはいえ、カット毎に頻繁に配置を変える事が災いするミスなども、ひょっとすると起きていたかも知れない。
あら探しではないが、実際に“撮影ミス”と思われるカットを見つけた。『小早川家の秋(1961年)』での、小早川一家が京都から帰って談笑するシーン。文子(新珠三千代)が万兵衛(中村鴈治郎)を「お父ちゃんにはちょっと気の毒やった」と冷やかして席を立った後に、セットに隠れたスタッフらしき人影が一瞬動くのが映っている。
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キャプチャーでは分かりづらいが、動く映像で見ると、まるで心霊現象のように見える(笑)。どこかの段階で発見されながら、仕方なく見逃がされたのか不明だが、一旦気付いててしまうと気になる映り込みだ。

以上、今回は最近の記事を作る過程で発見した“小ネタ”集でした。

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by quampaney | 2010-09-16 22:14 | 映画 / アニメ | Comments(2)
Commented by 夜のおんな at 2010-11-04 09:17 x
お久しぶりです。
ブログ再見いたしますと、内容の充実ぶりに改めて敬服いたします。
小津の、インサートカットの不思議なサイズの切り方は
わたしも常々気になっていました。
フィルムのサイズも関係しているのかな?とも思ったのですが、
やっぱり独特の美意識がないと、切れないサイズかな・・・、と。

ブログ、これからも楽しみにしております。
それでは・・・
Commented by quampaney at 2010-11-04 22:20
小津の“不思議な照明”に気付かせてくれた張本人のご登場!
お陰さまで大変でしたが(笑)、ついにサイレント時代まで遡って
やはりこれは小津監督自身の要求だろうと、ほぼ結論づけました。
現時点では「照明は厚田氏に完全に任せた」という話は
“不思議な照明”には当てはまらないと考えています。

以前mixiのメッセージで、フレーミングとトリミングを
混同して語ってしまいましたが
たまたま、この記事に載せたインサートカット以外のシーンは
偶然にも全てが襖で「トリミング」されていますね。
また、屋外のシーンでは、襖のかわりに電柱で切ったりしてます。
これこそ小津独特が好んだ縦横比の画面構成なんでしょう。
http://quampaney.exblog.jp/13816328/