チャップリン『ライムライト』の照明 その他小ネタ

先の記事“『ライムライト』での小道具操作:監督C.チャップリン”で、小道具の肖像写真が入れ替わるシーンが2ヶ所ある事を書いた。その後、アップしてから改めて画像を見て気付いた事がある。小道具の肖像写真と共に“照明”も変化していたのだ。

突然テリーが歩けるようになる一連のシーンで、はっきりと照明が切り替わる。ただしそれは、壁やそこに掛けられた写真や置き時計など、暖炉から後ろの背景に注目。
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写真『A(チャップリン本人の若き日の肖像)』の時には、時計の右手側から光が当たっているのに対して、写真『B(ノミのサーカス)』に入れ替わる時、逆方向からの照明に切り替り、写真の額を含めた壁全体も明るく照らされる。時間が逆行した不思議な時計の文字盤も明るく光って見える。そして、テリーの絶叫シーンになると壁の写真と共に照明も元に戻る。こういった照明の操作も、小道具の入れ替わりと同じように“潜在意識にショックを与える”効果を狙っているのだろうか。

次も同じ部屋だが、こちらは昼間。このシーンでは写真が『C(カルヴェロのウェストショット)』と『D(全身像)』の時では、窓から射し込む光に微妙な違いがあるが、これは同じ照明を狙ったが、たまたま少しズレただけ…と考えていいだろう。
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…という事は、小道具については少なくとも同テイク内で置き換えた撮影ではないし、照明の詳細も記録されていた可能性が高い。照明の記録がされているのなら、小道具の位置も記録されているはずだ。以前、『ロー・アングル ≠ ロー・ポジション』という記事に載せた『独裁者(1940年)』での突撃隊の突入シーンを思い出した。
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※ほとんど繋がったシーンで、
 カメラ・ポジションも同じなのに空の様子が全く違う。
“入れ替わり”といえば、ちょっと奇妙で気になるシーンがある。小道具ではなく“人物”が入れ替わるのだ。
それは、テリーの脚が治り、復帰するエンパイア劇場を見せる“繋ぎシーン”で見る事が出来る。豪華な劇場のホールで男性を物色する着飾った女性達。まず、何やら急いでいるような女性が階段を駆け上がり、毛皮を纏った女性とすれ違う。
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階段を降りたところでカットが切り替り3人目の女性が歩くのをカメラが追う。柱を越えて手すりの腕を置いた男性が一瞬映る。
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すると次の瞬間には毛皮の女性が柱を越えて男性の隣に立って手すりに付く。この切り替えは映像で見ると、人が入れ替わったように見える。
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毛皮の女性は一人目の男性にそっぽを向かれ、また歩き出し、柱を2本越えた男性と意気投合する。
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多くの女性達が同じような行動をしている事を手短かに表現したシーンだとは思うが、それだけでなく、“入れ替わった”ように見えるトリッキーな編集は、たとえばカルヴェロとテリーの“世代交代”を暗示させる演出のようにも思える。

さらに小粒(笑)なネタを、あと二つ…
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初めて『ライムライト』を観たのは高校生の頃。予備知識ゼロで映画館へ行き“ヒゲのないチャップリン”を楽しみにしていた。いきなり最初のシーンで山高帽と黒い服の手回しオルガン弾きが画面の真ん中に映り「ひょっとしてチャップリン?」と期待した。しかしカメラが移動してアパートの中に入り、ベッドで横たわっている女性が映ると、おかしな流れだと思い始めた。カットが変わり、再びオルガン弾きが映ると、その向こうから白っぽい帽子を被ってフラフラ歩いている人。そこで初めてこっちがチャップリンだったと気付いた。しかし今でもこのシーンは、別の対象に目を向けさせておいて意外な所から“入れ違いに”登場する演出だと思っている。
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よく間違われるのが「愛と勇気とサムマネー」または「愛と勇気と少しのお金」という言葉。実際のセリフはこうだ。

「人生を恐れてはいけない 人生に必要な物は
 勇気と 想像力と・・・少々のお金だ
 (Yes, life can be wonderful, if you're not afraid of it.
 All it needs is courage,imagination,(少し間を置いて)and a little dough.)」

「愛」なんて単語は出て来ない。チャップリンの書いた脚本は、とても現実的な言葉だ。映画の中の『春が来た』という唄では嫌というほど(笑)「Love」という単語が出て来るし、カルヴェロの口からも時々「Love」という言葉が出て来るが、どちらも「恋」という意味合いでの「愛」だと思う。だから「前向きに能動的に考えて生きよう」と語る言葉には馴染まない。
「dough」は直訳では「パン生地」のことだが「a little dough」になると「少々のお金」という意味になるそうだ。日本語訳を更に英訳した結果「Some Money」になってしまったんだろうが、そのルーツはどこだろう。
1970年代に日本でチャップリン映画が次々に公開された“ビバ!チャップリン”シリーズ。この長期に渡るイベントに使われたロゴの中に「SOME COURAGE, SOME MONEY, AND BIG LOVE」とある。別に『ライムライト』のセリフから引用した訳ではないが、ここに「MONEY」「LOVE」という単語がある。
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同じ時期に“ビバ!チャップリン《喜劇王チャップリンのすべて》”というタイトルで出版されたA4/120頁ほどの冊子の中に評論家・扇谷正造さんが綴った『サム・マネーほか』というコラムがある。そこでは、漫画家サトウサンペイさんのこんなエピソードに触れている。ふらっと立ち寄った映画館で上映されていた『ライムライト』の中で老芸人が言う。人生にとって大切なものが三つ。そのうちの二つは忍耐と愛だったか、あるいは勇気だったか忘れてしまったが、第三のものはサム・マネー。このセリフにサンペイさんは唸ってしまい「サム・マネーなら今の自分にだってある。」と脱サラに踏み切った。・・・
意外と「想像力」という言葉は出て来ないものだ。『ライムライト』でのワン・シーン。ある朝、目覚めたテリーが脚の感覚がなくなっている事に気付き、自分には希望もなくなった、幸福なんてどこに存在するの、とカルヴェロに泣いて訴えた。バレエ・ダンサーにとっては致命的な症状のはずなのに、カルヴェロは顔色も変えず自分の“額”を指して言う。

「幼い時 私がオモチャをねだると父が言った
 これが最高のオモチャだ すべての幸福の秘密がある」

テリーに同情したり憐れむような言葉ではなく、人間の持つ『想像力』が大切だと説得したのだった。

※追記(10月20日):メモ
カルヴェロが最期近くに口にした一言。
「心臓と心・・・ 何という謎だろう(The heart and the mind... what an enigma.)」
これがよく分からない。自分では、背中(背骨)を傷つけたと言っているが、実は心臓(heart)がやられた事は自覚していたのだろう。その事と心(mind)との関連は?

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