「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:映画 / アニメ( 49 )

※1年以上放置しているので、追記した記事を再掲

ブログに掲載するために『千と千尋の神隠し』のキャプチャーを撮っていて
油屋の全景が一画面に収まっている絵を見てみたいと思い
パン(カメラの移動)で映るシーンを3点キャプチャーして繋いでみた。
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その作業をしていて初めて分かったのだけど、カメラ(と言っていいのか)
の移動は直線的(真直ぐ)じゃなかった。
だから、それぞれの画像の角度を変えないと上手く繋がらない。
こんな感じです。

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これは、たとえば“煽り”とかの効果を狙っての事なのか
それとも“手動”でパンしているとかの技術的な事なんだろうか…。

ちなみに、この幻想的な温泉旅館のデザインはウィキペディアによると
「色々な温泉が入っていて特定のモデルはない」とのことだが
いくつか参考にした建物はあって、そのうち湯原温泉の「油屋」は名前も同じだが
外観も当然の事ながら似ている。
ぐぐっていたら、あるブログを見つけました。
>>『今ここに:湯原温泉@岡山』
とてもいい写真が載ってます。

一般的には、こちらの方が有名みたい。
■渋温泉 歴史の宿『金具屋』
b0183304_13462065.jpg
凄い!!!! いつか行ってみたい!

そして、「千と千尋の神隠し」の街のモデルとなった
台湾の九份(台湾語ではカウフンまたはカウフナ)
を紹介したブログがありました。感動!
>>模糊の旅人ex

九份の夜景です。


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千と千尋の神隠し 全巻/ 千と千尋の神隠し  1-5巻 全巻 漫画/大人買い

千と千尋の神隠し 全巻/
千と千尋の神隠し 1-5巻 全巻
漫画/大人買い

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先月末の話題で、ちょっとばかり古いネタですが
まずは、下の映像を見て下さい。

これは実際に、1928年に撮影された映像ですが、
シマウマの後ろを通りかかる女性が携帯電話を掛けているように見えます。
しかも途中で、相手の声を聞き返しているように立ち止まり身体の向きを変えます。
ネットでは、こんなニュースになりました。
>>『時間旅行者? 1928年の無声映画で携帯通話』CNN co.jp(2010.10.29 Fri)

映画制作者のGeorge Clarke氏が発見したタイムトラベラーの動画は、
日本でもちょっとだけ話題になりました。
++++++++++++
2 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/29(金) 12:24:45
タイムパトロールに通報しますた

3 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/29(金) 12:27:46
タイムパトロールに通報されますた

4 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/29(金) 12:29:59
>>3 時間旅行者乙!
 こんな、現代人が見たらなんとも思わない仕草に気づいた監督さすがです

5 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/29(金) 12:35:20
耳がかゆかったんだろ

6 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/29(金) 12:36:03
無線機やテープレコーダーにしても小さすぎるか
電話してるつもりの狂人かな

7 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/29(金) 12:38:39
時空の歪みだな 
数十年後に同じ通りを歩いている人が映り込んだのだろう

14 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/29(金) 13:10:08
メガネのフレームに手を添えてるように見えるけどな?

15 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/29(金) 13:14:03
今、俺が1928年にタイムスリップしたとする。
でポケットから俺の携帯を取り出して、
タイムスリップしたことを伝えようとする。
でも圏外なんだよな。電話を掛ける相手もまだ生まれてない。

22 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/29(金) 13:33:13
か、母ちゃん!

37 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/29(金) 20:43:37
あれが携帯だとマジで信じてるアメリカ人は低能だと思う。

39 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/30(土) 00:29:55
「オルゴールを聴いて歌ってる」が事実

40 名前:七つの海の名無しさん 投稿日:2010/10/30(土) 01:59:50
補聴器の調子が悪いんじゃないか?

42 名前:七つの海の名無しさん メェル:sage 投稿日:2010/10/30(土) 12:36:49
>>14
ネタバレ禁止
++++++++++++

これ実は、チャップリンの映画『サーカス(1928年)』のチャイニーズ・シアター(ハリウッド)でのプレミアム試写会の様子を撮影したもの。『サーカス』のDVDに特典映像としても収録されているドキュメントで、よく見ると「CHARLIE CHAPLIN」「CURCUS」と書かれた看板が映っています。それにしても、携帯を使っている女性だと聞くと、そのようにしか見えないのが面白い。
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先の記事“『ライムライト』での小道具操作:監督C.チャップリン”で、小道具の肖像写真が入れ替わるシーンが2ヶ所ある事を書いた。その後、アップしてから改めて画像を見て気付いた事がある。小道具の肖像写真と共に“照明”も変化していたのだ。

突然テリーが歩けるようになる一連のシーンで、はっきりと照明が切り替わる。ただしそれは、壁やそこに掛けられた写真や置き時計など、暖炉から後ろの背景に注目。
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写真『A(チャップリン本人の若き日の肖像)』の時には、時計の右手側から光が当たっているのに対して、写真『B(ノミのサーカス)』に入れ替わる時、逆方向からの照明に切り替り、写真の額を含めた壁全体も明るく照らされる。時間が逆行した不思議な時計の文字盤も明るく光って見える。そして、テリーの絶叫シーンになると壁の写真と共に照明も元に戻る。こういった照明の操作も、小道具の入れ替わりと同じように“潜在意識にショックを与える”効果を狙っているのだろうか。

次も同じ部屋だが、こちらは昼間。このシーンでは写真が『C(カルヴェロのウェストショット)』と『D(全身像)』の時では、窓から射し込む光に微妙な違いがあるが、これは同じ照明を狙ったが、たまたま少しズレただけ…と考えていいだろう。
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…という事は、小道具については少なくとも同テイク内で置き換えた撮影ではないし、照明の詳細も記録されていた可能性が高い。照明の記録がされているのなら、小道具の位置も記録されているはずだ。以前、『ロー・アングル ≠ ロー・ポジション』という記事に載せた『独裁者(1940年)』での突撃隊の突入シーンを思い出した。
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※ほとんど繋がったシーンで、
 カメラ・ポジションも同じなのに空の様子が全く違う。
“入れ替わり”といえば、ちょっと奇妙で気になるシーンがある。小道具ではなく“人物”が入れ替わるのだ。
それは、テリーの脚が治り、復帰するエンパイア劇場を見せる“繋ぎシーン”で見る事が出来る。豪華な劇場のホールで男性を物色する着飾った女性達。まず、何やら急いでいるような女性が階段を駆け上がり、毛皮を纏った女性とすれ違う。
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階段を降りたところでカットが切り替り3人目の女性が歩くのをカメラが追う。柱を越えて手すりの腕を置いた男性が一瞬映る。
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すると次の瞬間には毛皮の女性が柱を越えて男性の隣に立って手すりに付く。この切り替えは映像で見ると、人が入れ替わったように見える。
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毛皮の女性は一人目の男性にそっぽを向かれ、また歩き出し、柱を2本越えた男性と意気投合する。
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多くの女性達が同じような行動をしている事を手短かに表現したシーンだとは思うが、それだけでなく、“入れ替わった”ように見えるトリッキーな編集は、たとえばカルヴェロとテリーの“世代交代”を暗示させる演出のようにも思える。

さらに小粒(笑)なネタを、あと二つ…
- - -
初めて『ライムライト』を観たのは高校生の頃。予備知識ゼロで映画館へ行き“ヒゲのないチャップリン”を楽しみにしていた。いきなり最初のシーンで山高帽と黒い服の手回しオルガン弾きが画面の真ん中に映り「ひょっとしてチャップリン?」と期待した。しかしカメラが移動してアパートの中に入り、ベッドで横たわっている女性が映ると、おかしな流れだと思い始めた。カットが変わり、再びオルガン弾きが映ると、その向こうから白っぽい帽子を被ってフラフラ歩いている人。そこで初めてこっちがチャップリンだったと気付いた。しかし今でもこのシーンは、別の対象に目を向けさせておいて意外な所から“入れ違いに”登場する演出だと思っている。
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- - -
よく間違われるのが「愛と勇気とサムマネー」または「愛と勇気と少しのお金」という言葉。実際のセリフはこうだ。

「人生を恐れてはいけない 人生に必要な物は
 勇気と 想像力と・・・少々のお金だ
 (Yes, life can be wonderful, if you're not afraid of it.
 All it needs is courage,imagination,(少し間を置いて)and a little dough.)」

「愛」なんて単語は出て来ない。チャップリンの書いた脚本は、とても現実的な言葉だ。映画の中の『春が来た』という唄では嫌というほど(笑)「Love」という単語が出て来るし、カルヴェロの口からも時々「Love」という言葉が出て来るが、どちらも「恋」という意味合いでの「愛」だと思う。だから「前向きに能動的に考えて生きよう」と語る言葉には馴染まない。
「dough」は直訳では「パン生地」のことだが「a little dough」になると「少々のお金」という意味になるそうだ。日本語訳を更に英訳した結果「Some Money」になってしまったんだろうが、そのルーツはどこだろう。
1970年代に日本でチャップリン映画が次々に公開された“ビバ!チャップリン”シリーズ。この長期に渡るイベントに使われたロゴの中に「SOME COURAGE, SOME MONEY, AND BIG LOVE」とある。別に『ライムライト』のセリフから引用した訳ではないが、ここに「MONEY」「LOVE」という単語がある。
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同じ時期に“ビバ!チャップリン《喜劇王チャップリンのすべて》”というタイトルで出版されたA4/120頁ほどの冊子の中に評論家・扇谷正造さんが綴った『サム・マネーほか』というコラムがある。そこでは、漫画家サトウサンペイさんのこんなエピソードに触れている。ふらっと立ち寄った映画館で上映されていた『ライムライト』の中で老芸人が言う。人生にとって大切なものが三つ。そのうちの二つは忍耐と愛だったか、あるいは勇気だったか忘れてしまったが、第三のものはサム・マネー。このセリフにサンペイさんは唸ってしまい「サム・マネーなら今の自分にだってある。」と脱サラに踏み切った。・・・
意外と「想像力」という言葉は出て来ないものだ。『ライムライト』でのワン・シーン。ある朝、目覚めたテリーが脚の感覚がなくなっている事に気付き、自分には希望もなくなった、幸福なんてどこに存在するの、とカルヴェロに泣いて訴えた。バレエ・ダンサーにとっては致命的な症状のはずなのに、カルヴェロは顔色も変えず自分の“額”を指して言う。

「幼い時 私がオモチャをねだると父が言った
 これが最高のオモチャだ すべての幸福の秘密がある」

テリーに同情したり憐れむような言葉ではなく、人間の持つ『想像力』が大切だと説得したのだった。

※追記(10月20日):メモ
カルヴェロが最期近くに口にした一言。
「心臓と心・・・ 何という謎だろう(The heart and the mind... what an enigma.)」
これがよく分からない。自分では、背中(背骨)を傷つけたと言っているが、実は心臓(heart)がやられた事は自覚していたのだろう。その事と心(mind)との関連は?

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映画を2次元の芸術と割り切った小津安二郎は、3次元的な整合性よりもカット毎にベストな画の繋がりで一連のシーンを組み立てようとした。その為には、照明装置や小道具の位置さえもカットが替わる度に検討し直され、必要とあれば移動させられた。目的と手段は違うかも知れないが、似たような“小道具の操作”が観られる映画がある。チャップリンの『ライムライト(1952年)』だ。

映画の舞台は生まれ故郷のロンドン。物語は第一次世界大戦が勃発した1914年の夏から始まる。またチャップリンが映画デビューした年でもあり、父チャールズ・シニアが生きていれば51歳となる頃。現実にはアルコールが原因の肝硬変で38歳という若さで死去した。母ハンナは極度の貧困のため精神を侵され入退院を繰り返した。
一方、『ライムライト』の主人公カルヴェロは年老いた舞台コメディアン。かつては喜劇の名優と呼ばれたが、最近は仕事もなく酒浸りの日々。ヒロインであるテリーは若いバレリーナだ。ガス自殺を図るがカルヴェロの救助により一命を取り留める。しかし精神的な原因により両脚がマヒしてしまう。ロンドンの大衆演劇界のスターだった父チャールズと母ハンナを思わせる人物設定だ。ただし映画の二人は大きな年齢差がある。この“歳の離れた”二人にとって「転機」となる2つの場面に、奇妙な“小道具の操作”が行われているのだ。

それらのシーンの前に、小道具の操作がされていない“通常(デフォルト)”の状態を見てみる。

※クリックで拡大(以下同)
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久々にミュージック・ホールの出演が決まり、日程の連絡を心待ちにしているカルヴェロ。リハビリ中のテリーは編み物をしたりカルヴェロに新聞記事を読み上げてやったり、不自由な脚を引き摺りながらもコーヒーを注いであげたりと、平穏な生活を送っている。壁に掛けられた肖像写真の位置は、左から『C(浮浪者に扮したカルヴェロのウェストショット)』、真ん中は『A(チャップリン本人の若き日の肖像)』、右手側は『D(浮浪者カルヴェロの全身像)』だ。暖炉の上にある置き時計は、最初『9時10分』を指し、会話を交わしているうちに『9時15分』となり(真ん中の画像)、カルヴェロが立ち上がると『9時17分』頃まで時間が進む。映像上では2分程の時間だが、自然な時間経過だろう。この直後、ミュージック・ホールの初日を知らせる電報が来る。カルヴェロはテリーに“オルソップさん(大家)”への電報だと誤摩化し、公演日の事は内緒にする。

小道具が置き換えられるという奇妙な操作は、まず次のシーンで見られる。この件については、1989年に出版された“故・江藤文夫(1928—2005)氏”の著作『チャップリンの仕事』に書かれていて知った。ただし、2点ほど“間違い”ではないかと思われる箇所があるので、以下で詳しく説明。

- - -
初日、独り舞台の演目中に客がほとんど帰ってしまう大失態を見せ、契約を打ち切られるという大きな「転機」。深夜に力なく家路に向かう時、時計台の針は『3時15分』。
(※10月18日追記:文字盤が、周りより微妙に明るく映像処理がされているようだ。)
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部屋に帰ったカルヴェロの様子が変だと気付き心配するテリーに、ミュージック・ホールの契約が打ち切られた事を告白する場面。

カルヴェロ「劇場が契約を打ち切った」
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まだ、暖炉の上には写真『A』が掛けられている。置き時計は『3時45分』。

「そんな事できないわ」「できる 打ち切った」
「1週間の契約よ 抗議できるわ」「ムダだ 私は終わりだ もうダメだ」
テーブルに伏せて泣き崩れるカルヴェロ。

「バカな事を(Nonsense!) カルヴェロが1回の舞台で旗を巻くの?・・・」というテリーのウエストショットを挟んで、カメラポジションが戻ると、壁の肖像写真は、突如『B(ノミのサーカスの扮装)』に入れ替わる。
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夢中になってカルヴェロを説得するテリーは、いつの間にか立ち上がり、マヒしていたはずの脚で歩いていた事に気付く。

テリーだけのショットになり「I'm Walking!」と歌うように叫ぶ。
壁の写真は元通り『A』に戻っている。
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時計の右手側に掛けられていた写真『D』は、ちょうどテリーの頭の真後ろに来るため、このカットでは画面の構成上の問題で外されていると思われる。

※『チャップリンの仕事』には、こう書かれている。
「カルヴェロの過去を語るこの写真群のなかに、若き日のチャップリンの横顔の肖像がまぎれ込んでいる。テリーの絶叫シーンで入れかわるのはこの写真だ。(略)彼がテリーに語りかける一ショットにおいて、カルヴェロはこの写真の前に立つ。(略)これだけ壁の写真を目立たせている作者が、テリーの“I'm Walking!”の絶叫シーンで、背後の写真を無意識に入れ替えるはずはない。」
また、立ち上がったテリーと絶叫するテリーの写真を並べたページでのキャプションには「“I'm Walking!”と絶叫する場面で,置時計の左側の写真が,その一瞬,替えられるのは,カルヴェロをチャップリン自身と重ね合わす操作のためか」とあるが正確には、絶叫シーンで“戻る”というのが正しい。

写真『B』は、いつもならカルヴェロの枕元に“CALVERO”の文字が印刷されたポスターと並んで掛けられている肖像だ。若き日の素顔から、誇りを感じさせるような表情の舞台姿への“差し替え”が意味するものは何だろう。
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置き時計の指す時間も、壁の写真と連動して入れ替わる。帰宅後からテリーの絶叫までの時間は、ずっと『3時45分』だが、テリーの口調が激しくなる場面では『3時30分』と時間が逆行する。(※『チャップリンの仕事』には3時40分と表記)テリーが顔色を変え、かつてカルヴェロに励まされたように彼を激しく説教する間だけ“小道具”と“時計の針”が変化する。

壁の写真と連動して入れ替わる事から、撮影時のミスとも考えられるかも知れない。しかし、多くの撮り直しで時間をかけるチャップリンが、時計の針を自然に任しておくとは考えられない。最初に紹介したシーンでは“自然に”時間が進行するように撮影・編集されているし、今回のシーンの前には時計台の『3時15分』が明示されている。“I'm Walking!”のシーン後、夜明けの道を二人で歩き、ベンチに腰掛ける時カルヴェロはユーモアを込めて“時間”を口にする。
「もうダメだ もう歩けないよ 5時になるんだ」

その他にも時間が明示されるシーンがいくつかある。
エージェントから電報を受け取ったカルヴェロが
「3時に会いに行く」と言う。
そして、待ちぼうけを食っている場面で、時計『4時10分過ぎ』を示している。
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役が与えられなかった人達を帰して、事務室に戻るとエージェントは尋ねる。
「誰がいる」「Miss Parker」「他に?」
「カルヴェロが3時から来てます」

- - -
次に小道具の操作が登場するのは、復帰したテリーが大成功を収めた翌日のシーン。そこまでの流れは…

脚が治ったテリーはエンパイア劇場に戻り、かつて恋心を抱いた若き作曲家ネヴィルと再会した。

※ちなみに、ここでも“時間”が語られる

ネヴィルの弾くピアノに合わせて即興で踊るテリー。
終わると、すぐさまテリーに近づき
「昼食にしよう 1時半に集合だ」「君はこの劇場の次のプリマ・・・」
「2時半に私の部屋に集まって契約しよう」「稽古が2時で」
「では6時だな」

彼の作曲した新作バレエに主演することになり、カルヴェロには道化の役が匿名で与えられた。バレエ『コロンビーヌの死』は大成功を収める。

新聞に載せられたテリーを絶賛した記事を、今度はカルヴェロがテリーに読んで聞かせる。テリーは、すぐにでもカルヴェロと結婚して“幸福”に暮らしたいと言う。このシーンでは置き時計を挟んで『A(若き日の肖像)』の右側には、今までとは替わり『C(カルヴェロのウェストショット)』が掛かっている。
カルヴェロ「年寄りにムダだよ」
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「私のために青春をムダにするのか」

振り向いて
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「私は出て行く・・・」

テリーのアップに切り替る「何を言ってるの・・・」

再びカメラポジションが戻ると額の写真は『D(全身像)』に替わる。
“ハッ!”と何かに気付いたように言う。
「どうしても出て行くしかない」
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突然、芝居がかったような激しい口調と身振りになり、窓辺に向かって歩き、ぐるっと向きを変え、再び暖炉の前に戻る。
「残された年月で真実(Truth)を掴みたい Truth! Truth!・・・」
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再び窓辺まで歩きながら「・・・それと少々の誇りが」

テリーのアップ
「あなたが行けば私は死ぬわ・・・」と懇願する。

再び振り向いて戻り、暖炉の前を横切ってソファに座る。
壁の写真は『C』に戻っている。
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「君が愛しているのはネヴィルだ・・・」

写真『D(全身像)』は、『B(ノミのサーカスの扮装)』と同じくカルヴェロの枕元にポスターを挟んだ反対側“にも”掛けられている。(つまり、いつも2ヶ所に掛けてある?) 映画では鮮明に映る場面はないが、スチル写真では、はっきりと見られる。
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成功したテリーと作曲家ネヴィルの登場という二つの大きな「転機」の後。まるで壁の写真の変化に反応するかのように、突然カルヴェロの心に沸き起こる感情。このシーンでは、時計の針には変化がなく、ずっと『9時20分頃』で固定されている。

- - -
肖像写真と時計が、この映画の中で“意味のある”存在だという事は、その後のシーンでも明らかだ。

稽古に向かうカルヴェロと劇場の前で帰りの“時間”を約束するテリー。
「6時までに帰るわ」
楽屋口に向かおうとすると背後から旧友の声がする。カルヴェロの代役候補として来たのだ。代役取りやめの連絡が間に合わずに起きたハプニングだったのだが、これでカルヴェロは「決心」をする。

置き時計は、6時をほんの少し過ぎた時間を指している。
b0183304_20535449.jpg
写真の額やポスターが全て剥がされ、壁紙には白く跡が残っている。
カメラが部屋中をパンしながら映し出し、ドアまでくると止りテリーが部屋に入る。部屋の様子が変わった事に愕然とし、置き手紙を見つける・・・。
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- - -
テリーから去ったカルヴェロは、流しの芸人となってロンドン中を廻っており、偶然ネヴィルと遭う。すでに軍に勤務していたが、ロンドンに来た時には必ずテリーに会っているという。そこでカルヴェロは“時”に関する名ゼリフを口する。

「時は偉大な作家だ 常に完全な結末を書く
 (Time is great author. It always writes the perfect ending.)」

肖像写真が入れ替わるシーンの画面構成は、ほとんどが肖像写真やポスター、そして置き時計が見えるように意図的にフレーミングされている。そう考えると、“置き時計”という設定も、肖像写真と並ぶような高さにするためのアイデアなのだろう。たとえ、時間が戻ったり写真が入れ替わったりする画面に観客が気付かなくても、“潜在意識”には「何かが変わったかも」と思わせる効果があるかも知れない。潜在意識といえば、テリーの脚のマヒの原因ついて担当医が「潜在意識が働いているのだろう」とカルヴェロに話すシーンもある。

考えてみれば、写真は“時を切り取ったもの”だ。シャッターを押した瞬間に時間が止まっている。一方、時計は常に“現在”を示す装置。上に挙げたシーンのうち最初の平穏なシーンでのみ、時計が時間通りに進行している。
肖像写真が入れ替わる1つ目。説教される立場だったテリーが、恩人のカルヴェロを強い口調で説得し始める瞬間に“時が一瞬戻り”、カルヴェロのスター時代と思われる肖像写真に入れ替わる。かつて栄光を掴んだ人間は、そこで時が止まってしまいがちだが「その栄光の時間を思い出すのよ」と訴えるテリーの気持ちを表しているのか。
もう1つの肖像写真が入れ替わるシーンでは、テリーの元を去るというカルヴェロの「閃き」(決心とまではいかない)が訪れる瞬間に“通常”の位置に戻る。
これは「自分が今この部屋に居ること自体が不自然に感じる」というカルヴェロの気持ちを表しているのか。そして、時が止まっているのは“張りつめた空気”を表現している…などと考えるのは少々こじつけ過ぎだろうか。

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 チャップリン『街の灯』ラスト・シーンでの“発見”
 カール・ストラス(Karl F. Struss, 1886年~1981年)
 ロー・アングル ≠ ロー・ポジション
 小津安二郎とチャップリンの異色カット
 『彼岸花』『宗方姉妹』での小道具操作:小津安二郎
 ルビッチ『生きるべきか死ぬべきか』とチャップリン『独裁者』

b0183304_153942100.jpg『ライムライト(1952年)』
・監督/脚本/作曲/主演:チャールズ・チャップリン
・撮影:カール・ストラス(撮影顧問:ローランド・トザロー)
・出演:クレア・ブルーム,シドニー・チャップリン,バスター・キートン
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撮影と小道具に関する「小ネタ」という記事で、小津はカット毎にベストな画を創るために、湯呑みなどの小道具を移動させる事について書いた。ところが、たまたま見つけたカットは重箱の隅を突くようなもので、実はどうもスッキリせず“小ネタ”ということで紹介しました。
b0183304_2121507.jpg
ところが、こちらのブログでもコメントを頂いたmixiの「KEIさん」という方から、同じ『彼岸花(1958年)』での赤い小道具の移動が不自然で違和感を持っていたとのメッセージと書き込みがありました。「カットから別のカットに移ると、さっきと小道具の位置が変わっていることが、ずっと気持ち悪いと思っていた」そうです。しかし悔しいことに(笑)、そこまで目立つ小道具の移動が発見出来ずにいたのでした。その事をトピックでコメントしたところ、具体的にシーンを示して頂けました。移動していたのは有名な赤い(朱色の)ヤカン。やはり、これを載せずして小津の「カット単位の小道具」の秘密を知った事にはならないでしょう。改めて見てみると、どうして気付かなかったのだろうという具合の小道具操作。以下、そのシーンです。

- - -
何かを言いたげな、異様に目立つ赤い(朱色?)ヤカン。
静止カットでは部屋の角に置かれている。
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平山(佐分利信)の帰りを清子(田中絹代)が玄関で迎える。
ヤカンの位置は変わらず。
b0183304_21264213.jpg
ところが平山が部屋に入ると、ヤカンは障子の端まで移動。
襖の向こうから存在をアピールしてます(笑)
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- - -
次に幸子(山本富士子)が平山邸を訪ねるシーン。
玄関で出迎えるカットでは、さっきのシーンと同じく部屋の角。
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カメラポジションが変わっても位置は変わらず。
b0183304_21275194.jpg
ところが幸子が部屋に入ると、ヤカンは障子の組子2つ分ほど部屋の中央に移動。
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女中が来て、幸子が一旦部屋を出る。
廊下をぐるっと回って茶の間の向こうから平山に話しかける。
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幸子に応える平山のカットでは、ヤカンは更に移動。
障子の端を越えてしまっている。
b0183304_21293965.jpg
- - -
次に、このブログでも何度か載せている『宗方姉妹(1950年)』の2つのシーン。これも、アップと全身ショットで照明が逆になる分かりやすい例としてmixiのトピックにコメントついでに掲載したところ、またもやKEIさんは「小道具が動かされていますよね」とズバリ指摘(笑)
見直してビックリ。自分で切り取った画像なのに全く気付かなかった。

このアップでのカットは、器の乗った台が右に寄せられている。
タンスと鴨居の上に乗った小物と一緒に中央に移動しているようだ。
b0183304_2130202.jpg
もう一つのシーンでも、アップの時は台が中央に移動。
タンスも中央に寄り、鴨居に掛けられた洋服に接近。
縦枠は田中に隠れて見えない。
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正確ではないが、小道具のサイズに合わせてアップの画像を縮小すると、こちらのアップ(バストショット)の方が小さくなる。アップの撮影では上の明るい着物のカットよりも奥の襖に近い距離で撮影しているという事だろう。

このように、画面に入れたいものはシーン全体としての整合性がなくてもスクリーンのフレームに収まるように、その都度移動させられ、小津の思い描く1カット1カットとして撮影されるのか。きっと丹念に探していけば、こういったカットはもっと見つかるのだろう。

次回は、チャップリンの『ライムライト(1952年)』での小道具の移動というか差替え操作について書きます。

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イマジナリーライン越えや、辻褄の合わない照明など、三次元的な整合性よりもカット毎の美を追求した小津安二郎は、小物の大きさや配置にも独特な配慮をしていたという。例えば、これは情報源を忘れてしまった逸話で恐縮だが、同じシーン内で同じ場所に置いたビール瓶を、大瓶と中瓶を入れ替えるというように、カットが変わると違う小道具に置き替えたりする細工をする事があるそうだ。どの作品のどのシーンかは知らないが、そういった例のように、カット毎に“絵になる”サイズの小物を“絵になる”位置に置く、という事にも神経を使っていたようだ。それは、セット上の位置というより、カメラを通した“二次元としての美”が最優先という訳だ。
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ビール瓶という事で真っ先に思い浮かぶのは、やはり『浮草(1959年)』の冒頭シーン。この奇妙なカットは、小津自身が追求した二次元的な美のパロディなのだろうか。この滑稽にも見えるカットは、一体どういった意図でレイアウトされたのか、捉え方に悩んでしまう。

『朗かに歩め(1930年)』より
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こういった浮世絵を模したインサート・カットは小津作品にしばしば登場するが、遠近感を強調した浮世絵風カットとは違って『浮草』でのビール瓶と灯台のショットは平面的だし、ユーモラスでトリッキーだ。

違うサイズの小道具に差し替える例とは少し違うが、小物の置かれる“位置”が変わる場面を見つけたので紹介してみる。
小津のカラー第一作『彼岸花(1958年)』での一場面で、湯呑みの配置に違和感を感じた。
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↑節子(有馬稲子)の帰りを待つ母(田中絹代)の前に置かれた湯呑みは、ちょうど廊下の戸が合わさった真ん中にある。あまりにピッタリと合った位置なので妙な感じだ。また、湯呑みは座卓の真ん中に置いてあるようにも見える。

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↑節子が谷口(佐田啓二)に送られて帰ると、玄関まで出迎える。帰った節子を父・平山(佐分利信)が呼び止めて座らせ、先程の座卓に三人で囲む。カメラは少し後ろに引き、そのためにアングルが変わったのか、湯呑みが左に移動したように見える。黒い灰皿との距離は前のカットと同じくらいだ。田中絹代は佐分利と正面向きに座って、有馬と話す時には首だけを左に向ける格好だ。

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↑いくつかの切り返しシーンの後、節子の正面にあった湯呑みは更に左へ移動。灰皿との距離も離れる。田中の身体の向きも、いつの間にか左に向けられている。

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↑カメラが反対側に廻り、陰影のかかった平山(佐分利)が「兎に角おれは不賛成だ!」と言って立ち上がるカット。灰皿は、元々手前のカメラ寄りにあったのか、前のカットよりも湯呑みに接近したように見える。少なくとも“二次元的”には、二つの小道具が近づいて映っている。

小津の作品をじっくりと観察すれば、おそらくこういった“移動する小道具”は多く見つかるだろう。その中には、完璧主義者の小津とはいえ、カット毎に頻繁に配置を変える事が災いするミスなども、ひょっとすると起きていたかも知れない。
あら探しではないが、実際に“撮影ミス”と思われるカットを見つけた。『小早川家の秋(1961年)』での、小早川一家が京都から帰って談笑するシーン。文子(新珠三千代)が万兵衛(中村鴈治郎)を「お父ちゃんにはちょっと気の毒やった」と冷やかして席を立った後に、セットに隠れたスタッフらしき人影が一瞬動くのが映っている。
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キャプチャーでは分かりづらいが、動く映像で見ると、まるで心霊現象のように見える(笑)。どこかの段階で発見されながら、仕方なく見逃がされたのか不明だが、一旦気付いててしまうと気になる映り込みだ。

以上、今回は最近の記事を作る過程で発見した“小ネタ”集でした。

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有名な『街の灯(1931年)』のラスト・シーン。最近、これを大勢の人達と一緒に観る機会があった。このシーンでのヴァージニア・チェリルの演技はいつ見ても素晴らしい。自然と花売娘の表情や仕草に見入ってしまうが、その日は背中を向けた放浪者チャーリーの動きが目についた。泣いてしまうのを必死で堪えるために、視点を外して必要以上に冷静に見るしかなかった為だろう(笑)。突然気付いた。
「後ろ姿のチャップリンは、演技以外の動きをしている!」
すると、微妙な頬の動きも偶然ではないように思え、注視しているとチャーリーと花売娘の動きがリンクしている様に見えた。思わぬ発見に興奮して、家に帰ってからDVDをじっくりと見直してみた。何度も見返したが、やはり思った通りだと確信した。

※扮装したまま演技指導中のチャップリン
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チャップリンは、役者に演技を指導する時、言葉ではなく実際に自分で演じてみせると言われている。特にこの『街の灯』のヒロイン役には、全くの“素人”を承知で抜擢したようで、契約の際ヴァージニア・チェリルには、もし演技の経験があっても忘れるように忠告したという。徹底的にチャップリン流の演技をコピーさせるつもりでいたのだ。

以下、“A”はヴァージニアがメインのツー・ショット。チャーリーの持つ花は身体の手前にある。観客には“気付かれないように”演技指導している。
“B”はチャーリーのアップがメインのショット。花は口許にある。しばしば、この花の位置の“整合性”が話題になるが、チャップリンは、そういった整合性よりも“カット毎の画”の美しさを優先していたのだろう。(何だか小津安二郎みたいだな。役者に制約を与える点においても同じだ。)それに“A”のカットでは、花がチャーリーの口許にあると、娘を見せるのに“画的に”邪魔になる。
それに加えて、これは憶測になるが、口許を花で隠す事で、本番の撮影をしながら“こっそり”演技指導も出来る、というリスキーなマジシャン的発想をしたのではないだろうか。(実際このシーンの直前、薔薇の花弁を“演技”で落とす“というお得意のマジック”を披露している)

以下「本番中のチャップリン監督の演技指導」
もちろん膨大な量の撮影フィルムからの選りすぐりショットからの編集だろう。
この間、ほぼ1分間。
たった1分という短い時間に、大量の“演技のポイント”が凝縮されている。

※役としての“チャーリー”と、監督“チャップリン”を別表記した。
■A-1
 花売娘、チャーリーを自分の身体の方に引き寄せ、
 小銭をチャーリーの手の中に押し込む。
※微かにチャップリンの頬が動く
 それを追うように、娘は口を真一文字に閉じる。
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□B-1
 握られた手許とチャーリーの右手(花は見えない)が映る。
 カメラが左上に移動すると花が口許にあるのが見える。
 チャーリーの目線もカメラと同時に上に移動、娘を見つめる。
※チャーリーは微笑んでいるが
 監督チャップリンとして何か話しているようにも見える。
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■A-2
※チャップリンが花のある右手を胸元に持ってくと“同時に”
 動きを合わせるように、娘の右手は自分の頬に移動。
※チャップリンが持っている花を左下に動かすと
 それを“合図”に、娘は表情を変えて話し出す。
※この一連のカットの間、ずっとチャップリンの頬は動いている。
※クリックで拡大(他も同じく)
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●“You?”(あなたでしたのね?)

□B-2
 チャーリー、うなづきながら話す。
 カットの替り目の一瞬に、娘が右手を下ろすのが映る。
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■A-3
 カメラ、少し寄る。
 娘の右手は、まだ自分の頬にある。
※チャップリン、大きな動きで花を持った右手を左肩に移動。
 その動きを追うように、娘は右手を鎖骨の辺りへ持って行く。
※その間、チャップリンは(笑いながら)話しかけている。
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□B-3
 チャーリー、苦笑いし、花を持った右手を目許に持って行き、語りかける。

○“You can see now?”(見えるようになった?)

□B-4
 チャーリー、目許を指した右手を、また口許に戻す。
 娘、大きくうなづく。

■A-4
 娘の右手は、まだ胸元に。
※チャップリン、花を持った右手の人差し指だけ動かす。
 それを追うように、娘は右手を下し、
 話しかけながらチャーリーの左手に持って行き両手で握る。
※その間、チャップリンの頬に微かな動きが見える。
 娘、一呼吸置いて語りかける。
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●“Yes, I ca see now,”(ええ、見えますわ)
 
■A-5
 A-4と繋がったショットから、娘は「Yes」と言っているように見える。
 涙目で、さらに強く手を握って語りかける。
※娘は、その手を自分の胸元に持って行くが
 むしろ、チャップリンが“先導して”動かしているようだ。
 娘は大きく震える。
※チャップリンの頬が大きく上下に動く。“Smile!”とでも言っているのか。
 その直後、娘が微笑む。
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□B-5
 カメラアングルは、それまでより少し右に移動して、多少正面寄りのショットに。
 チャーリー大きく微笑む。
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 フェイドアウトして“THE END”

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 カール・ストラス(Karl F. Struss, 1886年~1981年)
 ロー・アングル ≠ ロー・ポジション

※『街の灯』を題材にした映像関連の記事(10月22日追記)
『キャニメーションの森』より
・チャップリンの映画にカット割りを学ぶ
・チャップリンの映画にカット割りを学ぶ〔2〕
・チャップリンの映画にカット割りを学ぶ〔3〕

街の灯 / チャールズ・チャップリン [DVD]

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撮影:ローランド(ロリー)・トザロー、ゴードン・ポロック
製作期間:1927年12月31日〜1931年1月22日
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松竹以外での小津作品の照明:前置きと『早春』という記事で「数本の戦後作品をチェックしてみたが、本当に“不自然な”照明の切り返しショットというのは、一本の作品中に“数回”程度の頻度でしか登場しない」と書いた。“数本”では正確な検証にならないので、まず戦後作品をチェックする事から始めた。

『長屋紳士録(1947年)』と『風の中の牝鶏(1948年)』には“不自然な”照明は見つからなかったが、『晩春(1949年)』では2ヶ所発見、『麦秋(1951年)』には少なくとも8ヶ所はあった。『お茶漬けの味(1952年)』はゼロ、『東京物語(1953年)』は3ヶ所ほど、『早春(1956年)』と『東京暮色(1957年)』には見当たらない。カラー時代、『彼岸花(1958年)』は6ヶ所、『お早よう(1959年)』では1ヶ所が怪しいが判断できず。『秋日和(1960年)』は微妙な照明が多く、自信はないが5〜6ヶ所か。遺作『秋刀魚の味(1962年)』では見つからなかった。松竹以外での作品については最近の記事にも書いた通り、東宝『宗方姉妹(1950年)』は7ヶ所、大映『浮草(1959年)』は、たぶん2ヶ所、東宝『小早川家の秋(1961年)』では3ヶ所ほど確認出来る。

戦後だけではどうも気になるので、戦前の作品も辿って調べてみるた。『父ありき(1942年)』では2ヶ所、『戸田家の兄妹(1941年)』3ヶ所。そして『淑女は何を忘れたか(1937年)』では5〜6ヶ所ほど見つけられる。戦前から戦後での“不思議な照明”の頻度に、意外なほど大きな変化はない。

キリがつかないが、サイレント時代はどうだったか。このあたりからの検証は少々“いい加減”になるが(笑)、『出来ごころ(1933年)』と『浮草物語(1934年)』では、それぞれ1ヶ所が微妙で判断が難しいところ。『東京の宿(1935年)』ではロケ・シーンも多いせいか見当たらず。ええい、ついでだとばかり、代表作『生れてはみたけれど(1932年)』をチェックしようとしたが、つい世界に入り込んでしまい(笑)見つけられず。同じ失敗を『長屋紳士録』でもやったが、その時は、もう一度冷静にチェックし直した。※追記参照

ひとまずの結論としては、“平面的な画”を期待し過ぎていたせいか、思ったほどは“平坦な照明”で撮られている印象はなかったという事です。
一旦、しばらくの間ですが調査中断します(+。+;)…。

※クリックで拡大(以下同)
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まだまだチェックしてない作品が多く残っているが、この“間違い探し”のような作業をしていて気付いたのが、小津独特の“イマジナリーライン越え”という禁則技は、『生れてはみたけれど(1932年)』など、かなり初期から始まっていたという事だ。つまり、字幕でしか会話が出来ないサイレント時代から、独特な切り返し手法を使っていた事になる。

このように、“三次元的に不自然・不思議な照明”は、思ったほど頻繁に登場しない一方で、自然な照明という以上に、明暗のコントラストが強く、意図的に陰影を生かしたシーンが登場する作品も意外と多い。それは、白黒の濃淡以外にも映像表現の選択肢が増えたカラー時代以降も変わらなかった。
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『早春(1956年/照明:加藤政雄)』について触れた記事では、この作品は小津映画としては例外的かも知れない、と書いたが、同じように『東京暮色(1957年/照明:青松明)』『風の中の牝鶏(1948年/照明:磯野春雄)』も明暗のコントラストが強いシーンが多く、リアルな照明の作品の代表といえる。いずれにも共通しているのが、不倫・売春・堕胎といった重いテーマが登場するという事で、そういった作品の「演出」としては当然考えられる手法だろう。

例えば『東京暮色』での、中絶手術から帰宅した里子(有馬)と、無邪気に遊ぶ(原)の子供のカットでは、連続したシーンなのに極端なくらい(あるいは不自然なほど)トーンに差がある。まるで違う世界だ。
※光が差している有馬の右手方向に子供がいる廊下がある。
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“陰影を生かした”照明の中でも、「逆光」を使ったカットが何度か登場するのも『東京暮色』の特徴の一つのように思う。顔に射す影の面積が多かったりコントラストが強いカットは多いが、自然光や移動によるものではない“演出としての逆光”、または顔の多くの部分が影になるカットは、他の監督作品と比べて少ない気がする。
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『東京暮色』『風の中の牝鶏』などのように、重いテーマの作品ばかりではなく、明るく陰影の少ないシーンが多い映画、例えば『お茶漬けの味(1952年/照明:高下逸男)』の場合、後半からは徐々に影の比重が増え、画面のコントラストも強まって行く。
また同じく、作品全体としてはそれほど暗い作品ではない『麦秋(1951年/照明:高下逸男)』にも陰影を生かしたシーンが要所要所に登場する。
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その中でも、陰影の扱いに強い意図を感じさせる一連のシーンが、謙吉(二本柳寛)が転勤を母(杉村春子)に告げる場面に登場する。
謙吉のアップと2ショットのカットを挟んで、実際に母は一歩も動いていないのに、部屋が暗くなり母に射す陰影が深くなっていく。(左→右)
※クリックで拡大(他の写真も同)
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これらは演出効果として違和感はないが、意外だったのは『東京物語(1953年/照明:高下逸男)』だ、深刻な場面や哀愁を伴うカットに限らず、ごく日常的な何気ないシーンも含め、映画全体が陰影の深いカットが多い。
※記事を書いた後で気づいて追稿したが『東京物語』『お茶漬けの味』『麦秋』
 の照明は3作品とも高下逸男。
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ただし、この『東京物語』については、オリジナルネガが現像所の火災により焼失したため、本来の映像は分らないが、現状では全体的にコントラストが不自然に強い。特に、周吉(笠智衆)が旧友と再会して酒を酌み交わす一連の場面と、妻とみ(東山千栄子)の葬儀後の食事のシーン(特に、全員でのショット)は、とても違和感がある。しかし、それを差し引いても、陰影を生かした照明が全編に渡って使われていたのは意外だった。

それにしても、いまだに、小津が“不自然な照明”を使った“理由(意図)”が謎のままだ。それは、三次元的な整合性を無視した、または、あえて整合性に反する“画”を創り上げるための“曖昧な照明”という“小津流の演出”の一つなのだろうか?
いや、もう一度『宗方姉妹(1950年)』の“整合性に反する画像”を貼ってみるが、このように“カットによってわざわざ切り替わる照明(光源の向き)”に、一体どんな意味と意図があるのだろうか…
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■関連記事
 >>小津映画の不思議なライティング(比較:成瀬巳喜男)
 >奇妙な照明によって、イマジナリーラインや視線のズレが相殺され
  不自然さを打ち消す事に一役買っているのでは?
 >イマジナリーラインのズレを意識させないような照明の当て方?

※追記(8月25日)
松竹での小津は、厚田カメラマンに照明を全面的に任せていたという原点に帰ると、『淑女は何を忘れたか(1937年)』あたりから“三次元的に不思議な照明”が登場するのは符号が合う。それまで撮影補助だった厚田雄春氏は、この作品から、正式に撮影担当になるからだ。さて、その前作であり小津のトーキー第一作『一人息子(1936年)』をチェックしなければ…

※追記(9月1日)
厚田雄春氏が撮影を担当する以前に“三次元的に不思議な照明”がなければ話が早かったのだが、どうもそんな単純な話ではないようだ。厚田氏が、この独特の照明を指示したという明確な根拠は今のところ見つからない。以下、作品毎の“不思議照明”の登場回数。

『一人息子(1936年)』4ヶ所
 撮影:杉本正次郎、照明(配光):中島利光
 撮影助手:厚田雄春

『母を恋はずや(1934年)』0ヶ所
 撮影:青木勇
 照明(配光)他のスタッフ不明
 ※他の作品と比べると絞りが浅い画面が多いように思える。

『朗かに歩め(1930年)』4ヶ所以上?
 撮影:茂原英雄、照明(配光):吉村辰巳
 撮影助手:厚田雄春 他
 ※『宗方姉妹』のように光源が反転するシーンもある

こういった感じでキリがないようにも思える。それとも撮影助手の立場でも“奇妙な照明”を指示または提案をしていたのか?

※9月22日:mixiのトッピック内で“ほぼ”結論付け。
>少なくとも、この不思議な照明については厚田氏任せではなく、
>きっと“文法にこだわらない”小津監督の指示なんだろう、と思い始めてます。
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1961年『小早川家の秋』は、東宝での作品(製作は宝塚映画)。撮影は『七人の侍(1954年)』『蜘蛛巣城(1957年)』『天国と地獄(1963年)』など一連の黒澤作品で知られる中井朝一(なかい・あさかず)。照明は『野良犬(1949年)』『足にさわった女(1952年)』『浮雲(1955年)』『社長太平記(1959年)』など数々の名作に関わった石井長四郎。

自然体でアドリブ好きな森繁久彌の扱いに苦労した様子が、照明に注目しても伝わってくる。まずは、相手の女性(原節子)に事情を話さず“見合い”をするシーン。
※クリックで拡大(以下同)
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3人が座る席の様子は、左上のカットで分かる通り、壁側から照らす灯りはない。よって原節子に当たるライトは、典型的な“三次元的に不自然”な“不思議照明”だ。森繁と加東大介には、先の『浮草(1959年:大映)』の記事で挙げた居酒屋シーンのように“額の正面”から当たっているようだ。

バー・カウンターのシーンも同じように“額の正面”からの照明のようだが、この“並びのカット”ではキーライトの位置が特定しづらい。
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切り返しショットでは、それぞれ相方に顔を向けた方向からライトが当てられているように見えるが、真っすぐを向いた時の“首の影”を見ると、それほど横方向から当たっているようにも見えない。ライトからの距離が近いせいか?
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中村鴈治郎が演じた万兵衛の臨終後のシーン。ここでの浪花千栄子への照明は3ショットと単独ショットを比べても矛盾していない。ところが、司葉子と小林桂樹の2ショットで、ある事に気付く。司葉子の照明は“首の影”から判断すると右上方から当てられており、一方、小林桂樹は反対側の左上から照らされているように見える。役者それぞれに別々のキーライトが当てられているようだ。おそらく先のバーカウンターでの“並びの2ショット”も森繁と加東大介に別々のライトが、各々の正面から当てられているのだろう。
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同じようなシーンを松竹の『秋日和(1960年)』と比べてみる。顔を傾けた時の“影”が、こちらの方が自然だ。キーライトは、二人の中間の位置から1機で照らしているのだろうか。
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ちなみに切り返しショットは、並びの2ショットとほとんど矛盾しない。
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小早川一家でのシーン。それぞれの切り返しショットでは、小林桂樹のアップが集合ショットとは“逆”になった“不思議照明”。原節子は、集合カットと同じく右上から照らされているようだが、顔が動くと影も複雑に変化して分かりづらく微妙。
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ところが、司葉子のショットでそれまでの謎を解くヒントがあった。
アニメGIFにしてみたので分かりやすいと思うが、額に近い位置からライトが当てられているようで、そのためアゴの影が顔の動きに連れて移動するのではないだろうか。

(この説が当たっているとしてだが)この『小早川家の秋』の撮影で見られる“近い位置からキーライトを当てる手法”は、ひょっとすると、他の役者と比べて身体の動きが多い森繁対策から始まったアイデアなのでは?動きの少ない小津映画の中で、必要以上に影(陰影)が出来ないよう、2ショットのシーンでも出来るだけ一人づつライトを当てて、極力“影”を抑える。それが『小早川家の秋』における「小津調の照明≒平面的な絵」という“解釈”だったのでないだろうか。
(続く…)

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1959年の『浮草』は、大映での作品。撮影は“名匠”宮川一夫。照明は『赤線地帯(1956年)』『鍵(1959年)』『おとうと(1960年)』などに関わった伊藤幸夫。

この映画において“三次元的に不自然な照明”が登場するシーンは(たぶん)2ヶ所のみ。
まずは、中村鴈治郎と川口浩の将棋の場面。2ショットでは鴈治郎の右真横から当たっていた照明が、アップでは(右寄りとはいえ)ほぼ正面からに変わっている。
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次に、若尾文子と川口浩の逢引の場面。2ショットでは二人の右後方からの光線が、若尾のアップでは前方からの照明に。
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将棋シーンの鴈治郎のアップは微妙だが、若尾の正面からの照明については、単に逆光を避けた自然な“絵”にしたかったのだろう。

その他、数人での切り返しショットがあるシーン、たとえば笠智衆扮する旦那が楽屋を訪ねるシーンでは、集合カットとの整合性は問題なし。ただし京マチ子のアップは、額のほぼ正面からライトが当てられているようで、微妙だ。
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同じように、居酒屋でのシーン。実際の照明(セット上の灯り)は、赤丸で囲った位置。
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このシーンでも三井弘次に当たる照明が何とも微妙。かろうじて右上からのライティングではあるが、この“ほぼ正面”というのがクセ者で、しかも割と近い距離から当てているようで、ちょっとした頭の向きで影の方向が変化する。次回の記事になる東宝での『小早川家の秋(1961年)』でも、同じようなライティングが頻繁に登場する。
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いずれにしても、『宗方姉妹』のように“分かりやすい矛盾”といえるショットは『浮草』においては最初に挙げた2点以外に見付けられず、ロケが比較的多いせいもあって全体的には自然な照明で撮影された作品といえそうだ。

話が切り返しショットから離れるが、『浮草』の中で照明が効果的に使われた例として、まっさきに芝居小屋の薄暗い廊下で若尾と川口が初めて落ち合うシーンが思い浮かぶが、その他では、鴈治郎と京マチ子が喧嘩した後の場面が対照的な照明になっており面白い。京マチ子演じる“すみ子”には、正面(と後方)からライトが当たっているのに対して、駒十郎の顔は影になったままだ。
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(続く…)

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