カテゴリ:映画 / アニメ( 49 )

小津安二郎8本目の映画で、現存する最古の監督作品『学生ロマンス 若き日』。監督デビューから僅か2年後の1929年の作品で、スキーを扱っていたり野外撮影でのドタバタ・シーンがあったりと、戦後の小津とは少々趣が違う作品だ。しかし今回観直してみて分かったのだが、すでにこの時点で後年の“小津調”と共通する要素がいくつか見受けられ、ストーリーや映像構成も計算されていて、かなり完成度の高い作品だと思った。

オープニング。俯瞰で東京を映すカメラが徐々に左へ移動して行き、「都の西北」という字幕を挿み、カットを繋ぎながら延々と主人公の住む下宿まで移動(パン?)する。そして窓の障子には「二階かし間」の貼紙。物語が終わったエンディングでは、再び貼紙のある障子窓が映った後、下宿のカットから右(東南?)へ移動して戻り、ファーストシーンの場所で終わる。このエンディングの移動映像はオープニングをそのまま“逆回し”したものではなく、多少端折った編集がされているが、振り出しに戻る物語もといい映画全体が“シンメトリー”な中に収まっている。
※それぞれクリックで拡大
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b0183304_217627.jpg同じように“シンメトリー”なカメラ移動が、もう一つあった。
スキー場で行われる「見合い」相手が、自分がナンパした女性と知り渡辺(結城一郎)は落胆し、若き笠智衆を含む仲間二人にコーヒーに誘わて入ったヒュッテ(スキー小屋)のシーン。
まず、小屋の「煙突」が映り、そこからカメラが下方に移動し、小屋の中の天窓の映像に繋る。更に下に移動し、薪をくべる主人公(渡辺)の手が一瞬映る。ストーブの上には、ちゃんと小津印の「やかん」もある。その後、仲間は見合いに参加するため出掛けるが、渡辺は独り見送って残るシーンを挿み、再びストーブに薪をくべるカットへ。今度は上に移動して行き、天窓から煙突のシーンに戻る。

※4月19日:追記
厚かましくマイペースな渡辺が、見合いのショックで大人しくなってしまう、という「折り返し」地点に“シンメトリー”映像を持って来るという様式美が面白い。数学的というか、音楽的というか…。
気になったのは、カメラが上に移動して戻る映像では、あるはずのない手袋が映っている事だ。スキー部員二人はストーブに干してあった手袋を取って見合い見学に出掛けたが、そこから外された後も上方へカメラが昇るシーンでもそのまま残っている。薪をくべるシーンからカメラがストーブに寄っているし、やかんの湯気や煙突の煙も下から上へと自然な動きをしている事から、同じフィルムを“逆回し”にして使ったのではない。撮影時に外し忘れたか、敢えて手袋を残したまま“シンメトリー”に収めたかったのか…。
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この現存する最古の小津作品にも、さっそく「お見合い」が登場するのも面白いが、おなじみ静止画的な風景の「つなぎカット」も3ヶ所登場する。

赤倉にスキーに出掛ける事を決めた渡辺と山本(斎藤達雄)の二人が、障子窓を開け空を眺める。2カット。左を向いて1カット。右を見ると煙突→風見風車→再び同じ煙突。
※それぞれクリックで拡大
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渡辺が当てにしていた仕送りが来なく、山本は財布を落とし、出掛ける事が出来ずに部屋からスキー部員を見送った後…
ここは、ほとんど同じシーンと言ってもいいくらい。落ち込んだ二人の様子と二つ目に映る煙突の様子が微妙に違うが、顔の向く順番もつなぎカットの順番も同じ。
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スキーから帰った後のラストシーン前…
いきなり一つ目の煙突が映り、独り窓際でタバコを吸う山本が寒そうに肩をすぼめて右を向く。そして(本来なら)三つ目に映る煙突。右を向くと煙突と風見風車が同じ繰り返し映る。山本が後ろを振り向くと、渡辺に「寒いから窓を閉めろ」と言われる。
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後年の「つなぎカット」とは違うのは、割と短いコマ数しかなく、カットが替わるテンポが速いのだ。しかも、カット毎に映る時間が違う。この奇妙なカット割の不規則なテンポというか変則リズムが私には少々落ち着かない。これも小津自身が意図したリズムだったのか。それとも、コマ数単位で指示を出す事もある晩年と違って、当時はある程度は編集者まかせだったのだろうか。
>>>小津安二郎『学生ロマンス 若き日』-2に続く

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溝口健二“原作”の『大阪物語(1957年)』を観た。映画の撮影前に溝口健二は他界してしまい、戦前から溝口作品の常連だった依田義賢(よだ・よしかた)が脚本を書き、溝口の代役は吉村公三郎という監督が務めたが、私はこの監督の作品を知らない。それもあって、この映画の評価は自分には難しいところがある。原節子、京マチ子など主演女優の魅力を引き出す能力に定評があるそうだが、なんと小津安二郎の『淑女は何を忘れたか(1937年)』で助監督をしている。戦前の小津作品の中でも大好きな作品だ。『源氏物語(1952年)』も監督しているが、その作品でカンヌ国際映画祭の撮影賞を受賞した杉山公平を『大阪物語』でも起用。いつもの宮川一夫でない。そのせいか、子供のアップから始まるファースト・シーンから、いつもの溝口映画とは違う作風だと思った。その後も全体的にカメラの寄りが近い。物語の内容も、中村鴈治郎の演じるドケチな商人を始めキャラクターの設定が極端で、いつものリアリズムとは違い“ブラック・コメディ一”歩手前。
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そういった違和感はオープニング・タイトル後からすでにあった。溝口作品は、タイトルとクレジットが流れるバックに、雅楽などの“邦楽”が使われる事が多いが、この『大阪物語』でも「イヨォオーーッ」という掛け声から長唄(端唄?)が始まる。

しかし何か違う。
ラテンだ!

シャカシャカとリズムを刻むギロとクラベスが邦楽に乗っかっている。
最初は「まさかな…」と思っていたが、クラベスの3-2クラーベで確信した。
(劇中では、もう少しコンテンポラリーな2-3クラーベでのテンポの早い曲がコミカルに流れる)

いつもは「音楽」を早坂文雄、「邦楽」を望月太明吉という人が担当することが多い。(たとえば『山椒大夫(1954年)』『祇園囃子(1953年)』『雨月物語(1953年)』では、「邦楽」として望月氏の名前がクレジットされている)今回は「音楽」を『ゴジラ』などで有名な伊福部昭(いふくべ・あきら)。そして「邦楽」は中本利生という人が担当。この“ラテン邦楽”は中本氏がアレンジしたものなのか、それとも伊福部氏とのコラボなんだろうか。
イントロはゆっくりと始まって、その後少しづつテンポが上がっていく様子を聴いていると、ラテン・チームが邦楽に合わせているように聴こえる。クラベスが小鼓(こづつみ)の音色にも聴こえてくるのも面白い。私がラテン音楽にハマった数年前「ラテンと邦楽は相性がいいのでは」と考えていたのだが、まさか半世紀も前の映画で耳にするとは思っていなかった。この“ラテン邦楽”は『大阪物語』のコミカルな要素と、さらに言うなら“日本のラテン”ともいわれる『大阪』そのものを巧く表現したものだろうか。私には映画そのものよりも、この奇妙な音楽が一番インパクトがあった。
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アンタッチャブルといっても、コンビ活動が無期限停止といわれている
お笑いコンビの話ではありません。
最近観たDVDが、偶然にも最近の政治ネタを連想させる映画で、
その1本が、このコンビ名の由来となった
映画『アンタッチャブル(1987年)』でした。
シカゴのギャング“アル・カポネ”の逮捕劇を描いた映画ですが
ロバート・デ・ニーロ扮するカポネが新聞記者の
インタビューに応えて言うセリフ

「おれは役人どもに何もした覚えはない。
 なのにおれを目の敵にして
 証拠もなく脱税の容疑をかけやがった
 おれへの汚い いやがらせだ
 罪もないのに迷惑千万だ」
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殺し屋カポネを挙げるのに「脱税」が唯一の砦だった。
警察や議員どころか、陪審員まで買収してたのだから。

>検察が、政治資金を報告書に記載したか否かで
>小沢氏の秘書を逮捕したからといって、小沢氏に関する疑惑が
>報告書への記載の有無に尽きるわけではない。
>かつてアメリカのシカゴを闇で支配していたギャングの親分
>アル・カポネを、エリオット・ネスが脱税容疑で起訴したからといって
>アル・カポネに関する疑惑が、脱税に尽きるわけではないのと同じである。
>>西村眞悟ホームページ・眞悟の時事通信

小沢先生が国民に脱税法を指南します:世の中を生暖かく見守るブログ

もう1本は、ヒトラーと第三帝国の最期を描いた『ヒトラー最期の12日間』です。
ブルーノ・ガンツ演じる人間味溢れる“独裁者”ヒトラーが凄い。
市街戦になっても国民を避難させず、側近たちと地下要塞に籠り
卑怯にも自殺を決意したヒトラーのセリフ…

「わが国民が試練に負けても
 私は涙など流さん
 それに値しない
 彼らが選んだ運命だ
 自業自得だろう」
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独裁政治というより、皮肉にも民主主義が招いた悲劇か。

>小沢氏「国民がいつでも自分たちが望む政権を選択できるのが民主主義だ」
>>nikkansports.com

>不正なお金を受け取っていると、けしからん人物であるという類の皆さんの
>報道がずっと続きました。そしてその後の世論調査でございます。
>>産経ニュース(2月8日)

>渡部恒三「小沢君に共同責任があるかどうか国民世論を見ないといけない」
>>選挙の時は「民意」と言い、進退問題では「世論」という・・・
:おたくのたわごと


>そろそろ、選挙や国会という仕組みを否定したいのですが
>>nikaidou.com

※カテゴリを「時事ネタ」にした方がよかったかな(笑)

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ちなみに『アンタッチャブル』でのクライマックス、駅での銃撃戦のシーンは
エイゼンシュテイン監督の1925年作品『戦艦ポチョムキン』のオマージュ。
一歩間違えるとギャグになりそうな賭けだと思ったが、
スローモーションも効果を出して、迫力があった。
そして、ネタ元『戦艦ポチョムキン』のオデッサの階段シーンも
今改めて見ると…いや、改めて観ても本当に良く出来ている。
なんせ1925年って、大正14年ですよ。


あと、同じく『アンタッチャブル』でのビルの屋上でのチェイスは
ひょっとしてキューブリックの『非情の罠』を意識している?
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立て続けに、映画関係のニュースがあったようだ。

■1月12日:『エリック・ロメール監督死去』
b0183304_1212421.jpg一時期、この人の作品にハマっていました。
『海辺のポーリーヌ』『レネットとミラベル/四つの冒険』『春のソナタ』など、役者の“素”の個性や趣味・嗜好に任せた即興・偶然的な演出があったり、逆に、即興に見える緻密な脚本も混在するという独特な作風が好きだけど、初期の『獅子座』が特にお気に入り。そのうちレビューしようか考えていたのけど…、ロメールって、もう89歳になってたんだ。ブログでは、『火垂るの墓』に絡めて一言だけ、記事に書いたきり。また、この作品だけでなくエリック・ロメールを観直したくなった。


■1月11日:『チャップリンが3Dアニメで現代に復活』
チャップリンというより「放浪紳士チャーリー」という
“キャラクター”のアニメ化ですね。
もちろんカラーであるだけでなく“3Dアニメ”だ。
ミッキー・マウスやスヌーピーのように“アイコン”化したチャーリー。
マンガチックなキャラは、まさにアニメ化にはうってつけ。
ファンとしては出来映えが気になるところだが
リンク先の写真を見る限りは、なかなかの仕上がりだと思う。
顔も、凄く似ているという訳ではないけど
ちょっと憂いのある深い表情が良い。
何より、チャップリン本人の映画の中ではあまり映らない綺麗な
“蒼い目”のキャラクターとして仕上がっていて、感心した。

※下の画像は、撮影所でのスナップ
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チャップリン自身の短編作品を元に製作されるという事で
当然チャップリン家の承認済みだろうから
作品としての完成度も期待できそうだ。
オリジナルのストーリーもあるというので、それも楽しみ。
6歳以上向けのテレビ・アニメという事だけど
日本でも、ぜひテレビ放送や映像ソフトの発売を期待したいところ。

しかし映画産業が盛んな国とはいえ、インドの企業が関わっている
というのは、ちょっと意外に思った。

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ところでチャップリンのアニメといえば、ブログで何度か記事にした
『Charlie Chaplin in Zepped(飛行船のチャップリン)』ですが
大野裕之さんによれば、デイヴィッド・ロビンソン氏からも
この件については、特に話題にされなかった
ようで
ミッキー・マウスとの共演はおろか、“実写のチャップリン”でさえなかった、
単に怪しい“まがいもの”だったのかも知れません。。。

『シネマトゥデイ(2009年11月9日)』
>チャップリンの伝記作家であるデイヴィッド・ロビンソン氏は
>映画の価値は40,000ポンド(約600万円)にもなりうると語っているそう。

※下の写真は、当時作られたチャーリーのキャラを
 (無断で?)使ったアニメの一つ。
 『Charlie Chaplin in Zepped』とは関係ありません。
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b0183304_2153135.jpg発売されたら読もうと思っていた大野裕之さん『チャップリンの影〜日本人秘書・高野虎市』、面白くて一気に読んだ。
ただ大野さんの直筆「サイン本プレゼント」キャンペーンがあったのに、うっかりタイミングを逃してしまって、書店まで買いに行った。告知のメールも届いていたのに… (´・ω・`)

チャップリンの秘書を“日本人”が務めていた、という話は一般的には、まだあまり知られていない。明治生まれのニッポン人が、遥か亜米利加まで行き当時すでに世界的な大スターだったチャップリン氏の秘書の職を得る。しかも大野さんの本によれば、面会した瞬間に採用が決まったそうだ。この「天才との出会いシーン」から一気に惹き込まれた。

最初は運転手としてだったが、全幅の信頼を得て、全財産の管理まで任されるようになったMr.コーノ。実は、ボンボン育ちの不良だったそうだから面白い。世紀の天才は、この野心的なモダン・ボーイと出会った瞬間に「こいつならウマが合う」とインスピレーションを受けたのだろう。
 ※中央に映っているのが、高野虎市(こうの・とらいち)氏
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日本人初のバス運転手だったかも知れない…というエピソードをはじめ、大野さんならではの緻密な調査で興味深い逸話がてんこ盛り。いつもながら“一次ソース”主義に徹し、戸籍や旅券などの書類の検証から当時を知る人々のインタビュー等々、本当に大変な労作だ。日本人移民についてや、戦時下の日本人収容所(彼の広い人脈や時代状況のためスパイ容疑をかけられ長年に渡って苦境に立たされた)の状況にも詳しく触れられ、時代背景に忠実に生々しく描かれる一方で、コーノ氏が面白可笑しく“脚色”した話を元にした『悲劇の王様』という珍本からも翻訳して引用され、飽きさせない構成だ。歴史的な『5.15事件』の標的になったり外れたりと“気紛れな天才”に翻弄されるコーノとテロリスト達。その時間的経緯を含んだいきさつも詳しく知れた。

2000年に出版された『チャップリンのために』に衝撃を受けて以来、大野さん(何と1974年生まれ!!)には注目していたのだけど、
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この驚異的な「アウトテイクスの詳細」を更に具体的にまとめあげた、チャップリン研究史に残るであろう超大作『チャップリン・未公開NGフィルムの全貌』も、ようやく本棚から取り出してページをめくる日が来そうだ…(^_^;)
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大野裕之オフィシャル・ブログ
日本チャップリン協会
劇団とっても便利
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小津安二郎が東宝で監督した1961年作品『小早川(こはやがわ)家の秋』では
他のカラー作品でも繰り返し登場する“アパート”のドアの色が
「緑」〜「青」ではなく「褐色」系が使われていると書いた。
この“褐色”系、言換えれば「茶色」が多く配置されている点が“異色”だ。
しかもその「茶色」は、年季を感じさせる“濃い”色で、木目は深い。
競輪場までが、似た雰囲気で登場する。
(※クリックで拡大。以下同)
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一軒家のセットに使われる素材については『小早川家の秋』以外の作品では
もっと“つるん”としているし、白木に近い明るいナチュラル塗装だ。
上に載せた画像のうち、“廊下”の写真と比較すれば明らかだ。
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これは『小早川家の秋』の舞台が、主に京都付近だという理由もあるだろうが
クレジットを見て気付いた事がある。
美術には『浮草』と同じ大映の下河原友雄が再び起用されている。
下河原氏の方針なのか、統一された雰囲気のセットが徹底され
法事を行った嵐山の座敷も、小早川家とそっくりな造りだ。
濃い色の木材や簾(すだれ)など、細かい部分まで似ている。
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また、「茶色」系の和服を着た原節子とのツー・ショットが多い司葉子は
同じく「茶色」系であるベージュ色の洋服が多い、というのも面白い。
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他に気になるのはバーの色彩だ。
“娘が嫁ぐシリーズ”3作品では、必ずバーのシーンが登場するが
「緑」や「青」系で塗装された壁面やドアが見られる。
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このバーのセットも『小早川家の秋』は“異色”と言える。
いつもの「緑」や「青」ではペイントされておらず
ナチュラル塗装の“濃い”「茶色」だ。
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※蛇足になるかも知れないが、「紫色」をした起毛張りのバーの椅子。↑
 この「紫」の椅子は、画廊のシーンにもそっくりな小道具として登場する。

このナチュラル塗装の“濃い”「茶色」は
東宝での『小早川家の秋(1961年)』だけに見られるかと思ったが
松竹作品の『秋日和(1960年)』で三人が集まるもう一軒のバーは
『小早川家の秋』と似たような配色だったのは意外だ。
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前記事の最後にも載せた『小早川家の秋』でのオフィスのシーンだが
3本の作品で、同じ様に椅子が登場するシーンがあるので比較してみた。
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あと、『浮草』の記事で触れた“陰”の色調だが
『秋日和』『秋刀魚の味』では『浮草』と同じく「緑」掛かっているが
『彼岸花(1958年)』と『小早川』では“無彩色”だ。
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※この『秋刀魚の味』でのトンカツ屋のシーンを見れば
 意図的に“陰”に色を付けている演出だというのは明確。
 (人物の後ろに見える格子窓からの背景色)
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やはり『小早川家の秋』を色彩(≠色調)に注目してみると
他の作品と比べて“異色”ではあるが
いつもの「緑」と、アクセントの「朱(あか)」は健在です。
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※『小早川家の秋』と『浮草』で美術を担当した“下河原友雄”を検索していたら
 こんな本を見つけたので載せておく。
 『小津安二郎に憑かれた男—美術監督・下河原友雄の生と死』

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小津安二郎の色彩について、有名な「赤(朱色)」ではなく
あえて「緑」に注目してみると、色々と興味深い発見がある。
(※下記『関連記事』の続き)
お馴染み“娘が嫁ぐシリーズ”3作品でも、多くの場面で
大道具から小道具に至るまで「緑」が至るところに登場。
そこに、いつもの「朱(あか)」がアクセントを効かせてます。
(※クリックで拡大)
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カラー作品全体を通して、かなり意図的な色彩設計があるのは確実だが
それが一体どこまで厳密に計画されたものなのか。
まずは、どの作品にも共通した“場面(パーツ)”を並べて比較してみた。
(※クリックで拡大)
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幾度となく登場するオフィスの塗装色もまた、緑かと思いきや「ブルー」系です。
 ※もちろん、作品が収められたソフトによって色調が違うし、
  キャプチャーやJPG書出し等々の段階、それと
  表示されるマシンやモニタ等の環境によって変わってくるので
  完璧に正確な比較は無理というのは承知の上です。

ただ『秋刀魚の味(1962年)』では、路子(岩下志麻)の
務めるオフィスだけが「薄紫色」か。
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また、どの作品にも同じような構図で登場するアパートのドアは
『彼岸花(1958年)』『秋日和(1960年)』では、
『お早よう(1959年)』と似たような「緑」だが、
後年に行くに従ってトーンが落ち、遺作の『秋刀魚の味(1962年)』
では「ブルーグレー」…
ひょっとすると、ほとんど「灰色」なのかも。
(※クリックで拡大)
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そして、東宝作品『小早川家の秋(1961年)』では
全くトーンが違っていて“褐色”系のようです。
(※クリックで拡大)
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同作品での“オフィス”のドアはというと
他作品のような「ブルー」系ではないようで、ほとんど「灰色」か。
電話機のグレーと比較すると、ほんの少し淡い「薄緑色」かも。

という訳で、カラー作品の中でも『小早川家の秋』は“異色”なのですが
それについては、また後日アップします。

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『チャップリン幻の作品?』『ミッキー・マウス、
デビュー前にチャップリンと共演?』
という記事で取り上げた
『Charlie Chaplin in Zepped』という未公開映画。
ずっと謎のままだったのですが、WOOさんという方からコメントを頂き
何となく全貌が見えてきました。
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ミッキー・マウスは全く関係なかったですが(笑)
実写のチャップリンがアニメと共演した作品のようです。
ソースを教えて頂いたので、WEB翻訳で読んでみました(^_^;)
・・・以下、不自由な日本語をペースト

Collector finds unseen Charlie Chaplin film in tin sold for £3.20 on eBay
:guardian.co.uk

法的な論争はZeppedが広い流通を決して見なかったという事実を説明するかもしれません。
チャップリンは「材料を浪費しない傾向があった」ので、ロビンソンは、Zeppedが#知られている場面と8211から成るかもしれないと信じています。 しかし、彼は以下を言いました。 「フィルムには真新しいチャップリンギャグがあるという見込みがいつもあります。」

Charlie Chaplin in Zepped:The Bioscope
フィルムがチャップリン映画の Tramp、 彼のNew Profession、および A Jitney
ロゴでKeystoneスタジオから始まります、
ィルムの Tramp、 彼のNew Profession、および A Jitney Elopementからのアウトテーク、より長いショット、および新しい角度があります。
チャップリンが1914-18の期間(現在アニメータのための正規科目であるチャップリン)の別々のアニメ映画で切り取るように彼らが彼らのチャップリン歴史、およびフィルムコレクタの習慣を知って、一緒に編集されて、これがだれかによる何らかの急いで作り上げている項目であると思った人にとって思えました。
6分のフィルムは、Keystoneの混合物と、Essanayタイトルと、アニメーションです。 後者が1916年にMutualを接合するのを残して、チャップリンは1914年のKeystoneにEssanayを接合させました。 Essanayが損失から Triple Trouble(1918)を発行することによってベストを作ろうとしたのが知られています、チャップリンアウトテークのごたまぜ、しかし、 ZeppedはKeystoneとEssanayタイトルを含んでいます、
チャップリンバイオグラファサイモンLouvishは、フィルムがエジプトで編集されたと推測します

・・・???
ひょっとして、1918年の『三つ巴事件(Triple Trouble)』*と同じような
“編集(デッチあげ)”作品?

*『三つ巴事件(Triple Trouble)』
 チャップリンが1916年にエッサネイ社からミューチュアルへ移籍した後
 レオ・ホワイトがエッサネイ社のチャップリン作品の一部や
 追加撮影した映像を編集して作り上げた映画。

WOOさんとコメントのやりとりをしていて、
チャップリンのアニメ作品の事も知りました。
“Felix the Cat(※日本では1963年から「とびだせフィリックス」
として放映)”で有名なパット・サリバンが製作していたそうです。
世界アニメーション映画史 第1集のVol.4に
「漫画チャップリン/風車の巻(1915年)」、特典映像として
「漫画チャップリン/海浜の巻(1917年)」が収録。
しかし料金的に、ちょっと手が出ません(汗)…
1本づつバラ売りしてくれないかな〜。
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以前の記事、小津安二郎の「緑」—その1『浮草』では、大映作品『浮草』での色彩設計は「緑」に特徴があるように書いた。DVDのオーディオコメンタリーでそう説明されていた事に納得したからなのだが、それをきっかけに小津のカラー作を見返してみたら、『浮草』だけでなく、小津のカラー作全般に共通していたのが分った。つまり大映の美術デザイナー“下河原友雄”氏の指示や趣味という事ではなく、小津安二郎自身が意図的に使っていた重要な色だったのだ。
中でも、小津のカラー作品としての第二作であり、『浮草』の直前に製作された『お早よう(1959年)』ではとりわけ顕著だ。『浮草』と同じように、建物の塗装が見事に「緑」で統一されているのだが、特にこの映画では、登場する建物のほとんどが集合住宅やアパートなどペンキ塗装が多いセットで撮影され、至る所に「緑」が使われている。

堤防の側に建てられた集合住宅は屋根から玄関のドア、雨戸袋まで「緑」でペイント。学校(左下)の壁も同じく。真ん中の2枚はアパートだが、サッシやベランダの塗装、玄関のドアまで「緑」(右真ん中の写真に映っているドアは、たまたま照明の具合によってグレーっぽく見えてるが、これも「緑」)。ちなみに、同じ写真の手前に見えるのは緑色をしたクッション。アクセントとしての「緑」です。
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このクッションのように、アクセントとしての「緑」も、他にたくさん登場する。
オープニングの鉄塔、廊下に置かれたバケツ、ヤカンなどの小物などあちこちに使われている。しかし他の色、たとえば「青」や「黄」といった色は「緑」と比べると極端に少ない。(ラスト近くに出てくる“火鉢”は青色。)全体的に“塗装色”の多くは、例の「青味がかった緑」で、アクセントとして「原色に近い緑」、そしてお馴染みの「朱(あか)」で画面を引き締めている。
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多くのシーンが、監督のコントロールの効く“セット撮影”なので、意図通りに同じトーンで統一する事が可能だ。独特なカメラワークや編集と相まって、計画的に色彩設計された映像が、小津作品を観ている時の何ともいえない安心感を生み出している要素の一つに思う。

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これ最初ネットで見た時は衝撃だった。
戦前の日本は、どうしてもモノクロのイメージしかないが
これを見ると、タイムスリップしたような不思議な感じがする。

●昭和9年(1934年) 京都


●1935年(昭和10年)、1937年(昭和12年) 東京


いや〜〜〜、いいなぁ‥‥。
この頃の日本は、伝統的な和の文化と西洋文化が
すごく良いバランスを保ってた時代だったように思う。

2006年にNHKのBS特集で放送された『よみがえる昭和初期の日本』
という番組があったそうで、以前YouTubeにアップされていた。
ブックマークに入れておいたのだが、すぐに映像は削除されてしまっていた。
今日たまたまネットを廻っていて、久々に見ることができたヽ(゚∀゚)ノ
いずれまたリンク切れになるだろうけど
自分のブログに貼ってみたくなったので…(笑)

カラー映画の歴史(Wikipedia)
>カラーフィルム自体は1917年に発明されたが
>1930年代前半までは価格が非常に高価なのと
>撮影が難しいことからあまり使用されていなかった。
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