カテゴリ:映画 / アニメ( 49 )

小津安二郎作品の「色」について考える第3弾(笑)。
よく語られる赤…というより「朱(あか)」
そして晴天の「青」の次は『緑』です。

DVD『浮草』(1959年)のオーディオコメンタリーで、制作当時に美術デザイナー下河原友雄の助手を担当されていた井上章さんが「映画の後半に向かって、緑がどんどん増えて行く気がする」と説明している。しかし、これが計算された演出なのかどうかは分らないとも言う。チェックしてみた。
いかにも夏という空気感たっぷりの映像から物語が始まる。青空や海の「青」は感じられるが、これといって目を惹く「緑」は、船内に置かれた(いつもは朱色の)ヤカンくらいか。しかし、芝居小屋が登場すると次から次へと「緑」が現れる。まず、柱などの建物の塗装が「緑」なのだ。舞台、客席、楽屋や、幟(のぼり)などが全て同じ色。
(冒頭シーンは、船着き場の壁が芝居小屋と同じ色で塗装されているが、外からの光線で白っぽく飛んでいるため、画面上の色調はかなり違う)

※クリックで拡大。他の画像も同じく。
b0183304_22203515.jpg

また、芝居小屋だけでなく、郵便局や飯屋、駅、電車の座席まで全部同じ色調の「緑」が使われている。つまりセットの人為的な着色の「緑」がすべて統一されているのだ。
b0183304_22211712.jpg

※下の2つのシーンではセットと衣装の両方に「緑」が使われている。
b0183304_22195139.jpg

実は、DVDで井上さんが説明する「緑」は、「自然色の緑」と「人為的な緑(塗装色)」を同列に語られているが、この二つは色調も使われ方も違う。
サボテンなど、植物の「自然の緑」と比べて、この映画の「人為的な緑」は少し“青味がかった緑”だという事。それと「自然の緑」は「朱(あか)」と同じように“アクセント”として使われているのに対し、「塗装した緑」は、もっと広い面積に使われている。画面を構成するメインのカラーと言ってもいいくらいだ。
b0183304_2222794.jpg

※右の写真に見える提灯は、もちろん「人為的」に着色した色だが
 アクセントとして使われているので「自然の緑」という色調。
b0183304_22164032.jpg

ピックアップする作業をしていて気付いたのは、“陰(かげ)”になった部分の色調まで緑がかっていたこと。色調は“青味がかった”「人為的な緑」だ。光があまり当たらず“陰(かげ)”になっている壁や、窓の外に見える屋根。照明の効果なのだろうが、どのシーンでも“青味がかった緑”の色をした陰(かげ)になっている。
b0183304_22233414.jpg

この大映作品である『浮草』のスタッフは、照明が伊藤幸夫、撮影は“巨匠”宮川一夫だが、どちらかの指示なのだろうか。セットの塗装色の“青味がかった”緑を、そのまま“明度”を落としたような色調であることから、やはり小津監督の提案や指示があったような気がする。
知れば知るほど、小津映画での色の使われ方というのは、極力シンプルで計画的な「色彩設計」がされているのだと分る。そういう意味では、アニメに近い手法ともいえる。美術スタッフがカラーチャートのような物を使っていたという話は聞かないが、小道具についても、細かい指定をするだけでなく時にはデザインまでも手掛ける小津監督は、きっとスタッフに「色彩設計」に沿った注文を出していたのだろう。

■関連記事
 小津安二郎の「朱(あか)」と「アグファ(Agfa)」
 小津安二郎の「青」と「晴天」
 小津安二郎の「緑」/その2『お早う』
 小津安二郎の「色」/オフィス、アパート・・・
 小津安二郎の「色」/『小早川家の秋』
[PR]
前記事を書いた後、重要な事に気付いた。

再掲>>
チャーリー・チャップリンの未公開映画、アンティーク缶の中から見つかる!
ミッキーマウスと共演:シネマトゥディ

>おそらく1915年ごろ、第1次世界大戦のプロパガンダとして作られたのでは

そもそも第一次世界大戦
1914年から始まって1918年に終わっている。
もし本当に“第一次世界大戦のプロパガンダ”用に作られていたとしたら
ミッキー・マウスの本当のデビュー作品でもあるわけだが
1901年生まれのウォルト・ディズニーは大戦当時まだ未成年。
それでも年齢を詐称してフランスに渡り軍隊生活をしている。

ミッキー・マウス - Wikipedia
>生年月日
> 1928年11月18日、日曜日、ニューヨーク
> ニューヨークのコロニー劇場にて、上映の目次の1番目でもある
> デビュー作『蒸気船ウィリー』(Steamboat Willie)の公開日でもある。
> しかし、その前の同じく1928年に『飛行機狂』(Plane Crazy)と
> 『ギャロッピン・ガウチョ』(The Gallopin' Gaucho)という作品にも
> 出演しているため、ミッキーにとっては3作品目でもある。

つじつま合わないよ。

■関連記事
Charlie Chaplin in Zepped(飛行船のチャップリン)
チャップリン幻の作品?
[PR]
>>チャーリー・チャップリンの未公開映画、アンティーク缶の中から見つかる!
 ミッキーマウスと共演:シネマトゥディ


これ、ウソ・ニュースじゃないだろうなぁ。
まっ先に「虚構新聞」を連想した(笑)
ソース元はちゃんとした映画関係のサイトのようだし
チャップリン研究の権威デイヴィッド・ロビンソン氏が
値踏みをしている事から本当なんだろう。
チャップリンの自伝や、色々な関連本でもそんな話は聞いた事がない。
しかもアニメとの絡みなんて特殊な作品だったら
どこかで噂でも流れていてもおかしくない。
よほどの黒歴史なんだろうか…。
とは言っても、チャップリンとディズニーどちらもが
“なかった事にしたい”作品ってどんなの?
ニュース記事には“第1次世界大戦のプロパガンダ”と書いてあるが
『公債(1918年)』以外にもそういった映画を製作していたのか…。
チャップリンとディズニーの接点と言えば
ミッキー・マウスのモデルがチャップリンだったという事くらいしか知らない。

それとも、出演していた人がチャップリンの物真似芸人ビリー・ウェストだった
なんてオチじゃありませんように。

※ビリー・ウェスト、サムイネイルで見る限りそっくり!
b0183304_2025464.jpg

…いや、
よく見ると顔が違うな。
本物よりゴツい。


>>SmaSTATION-4
>本物の映画に出ていた共演者まで出演させる徹底した
>パクリぶりを見せたビリーは、その後もチャップリンを真似し続け、
>生涯で50本以上ものパクリ映画製作。
>中には、その映画を本物のチャップリン映画として
>堂々と上映していた所もあったそうです。

まさか大野裕之さんが海外に出かけたのは、この調査のため?
だったら嬉しいが…
>>大野裕之・不完全版

今のところ謎だらけのニュースだ…。

■関連記事
ミッキー・マウス、デビュー前にチャップリンと共演?
Charlie Chaplin in Zepped(飛行船のチャップリン)
[PR]
前の記事で、小津安二郎がアグファ・カラー(Agfa Color)を使っていた理由を
画面のアクセントとして好む「落ち着いた朱(あか)」と
たびたび登場する晴天の「突き抜けたような青」
の両方を表現出来るから…というように書いた。
記事の参考にしたサイトにも
>>❖paperback
 >アメリカのコダック製は(中略)
 >空の色が青過ぎてどうにも気に入らなかったらしく
>>❖小津安二郎のキャメラ番 厚田雄春の世界
 >コダックは空が変に青くなるのでNG
…などとあるが、小津が好む空の「青」という色を
私は“強烈”で“突き抜けたような”晴天ばかりをイメージしていた。
ところが、記事を書いたあとにもう一度『彼岸花(1958年)』を観直してみて
自分の思い込んでいた色と全く違っていたのが分かった。
その「青」は、かなりグレーがかった色で
とてもじゃないが“強烈”な「青」ではない。
こんな「青空」だったのか?と驚いて
全部のカラー作品を早送りして「青空」を探してみることにした。
それで分かった事は、自分がイメージしてでいた小津の「青空」は
箱根のシーンが印象に残る『秋日和(1960年)』での秋空だったのだ。
b0183304_0463978.jpg

>>❖アグファ・カラーの「赤色」—『秋日和』の紅葉と婚礼—
 >他の配色が全般的に地味なものであったから,
 >あるいは,小津が好んだとも言われるアグファの
 >「青」が要所要所に使われていることとの対照性から・・・
b0183304_0574076.jpg

この『秋日和』以外の作品では、ほとんどが“グレーがかった”青。
空自体が薄曇りという訳ではなく、青空の色自体が“くすんだ”発色に見える。
松竹以外の会社で製作した作品もすべてアグファ・カラーであるが
『秋日和』の色調は「青」に限らずが全体的に“濃い”のだ。
もちろんマスタリングの要素とか色々な条件もあるだろうが
なぜか『秋日和』だけが突出した色調だ。

※『秋日和』の中では、唯一ゴルフのシーンだけは空の色が違う…
b0183304_0484913.jpg

〜〜各作品の冒頭シーンを比較してみる〜〜

■『彼岸花(1958年)』松竹/撮影:厚田雄春
b0183304_0494281.jpg

■『お早う(1959年)』松竹/撮影:厚田雄春
b0183304_0501589.jpg

■『浮草(1959年)』大映/撮影:宮川一夫
b0183304_0505661.jpg

■『秋日和(1960年)』松竹/撮影:厚田雄春
b0183304_051553.jpg

■『小早川家の秋(1961年)』東宝/撮影:中井朝一
※この作品だけは、冒頭シーンが夜景なので
 ラスト近くの火葬場の煙突シーンを選んだ。
b0183304_0522414.jpg

■『秋刀魚の味(1962年)』松竹/撮影:厚田雄春
b0183304_053620.jpg

6本の作品の中で『秋日和』だけが例外だとすれば
小津の狙っていた「青」は「朱(あか)」と同じく
“くすんだ”「青」だという可能性が高い。

b0183304_9361388.jpg■『秋日和(1960年)』

ところで、この検証をしている時に
もっと重要かも知れない別の「色」について気づいた点があったので
また改めて記事にしてようと思います。

■関連記事
 小津安二郎の「朱(あか)」と「アグファ(Agfa)」
 小津安二郎の「緑」/その1『浮草』
 小津安二郎の「緑」/その2『お早う』
 小津安二郎の「色」/オフィス、アパート・・・
 小津安二郎の「色」/『小早川家の秋』
[PR]
カラー時代の小津映画というと
モノクロ時代からの「ロー・ポジション」と共に
「赤」へのこだわりが特徴的だと言われる。
私は、この「赤」という表現に、ずっと違和感を持っていた。
小津映画の画面内でアクセント的に使われる「赤」は
日本的な「朱色」だと思うからだ。
もちろん「朱色」も、ざっくりと表現すれば「赤色」の一種だが
映像(映画)作家の“こだわり”でなくても、普通に「」といえば
M(マゼンタ)100%+Y(イエロー)100%の「金赤(キンアカ)」か
もう少し「紅」に近い色辺りを差すのでは?
しかし、実際にGoogleで「小津」に加えて検索してみると
ヒット数が「赤」は「朱」の3倍以上…
(しかも「十朱久雄」など、カラーに関係ないワードが多い)
※小津 赤 の検索結果 約 103,000 件中 1 - 10 件目 (0.24 秒)
※小津 朱 の検索結果 約 34,200 件中 1 - 10 件目 (0.20 秒)

『彼岸花』(小津の初カラー作品)
b0183304_2132458.jpg

小津監督がカラー作品を作ろうとした時に、自分が望む「赤」を出すために
ドイツのアグファ・カラー(Agfa Color)を使ったと、よく言われるが
よく調べてみると、そんな単純な話でもないようだ。
  (テクニカラーとかデラックスカラーというのはよく見るが
   アグファ・カラーというのは小津映画を観るまで知らなかった)

『彼岸花』
b0183304_2134424.jpg

❖アグファ・カラーの「赤色」—『秋日和』の紅葉と婚礼—
>アグファの「赤」は,決して派手な色合いではなく,寧ろ,
>朱が掛かったような,赤茶けた,くすんだ色である。
>他の配色が全般的に地味なものであったから,
>あるいは,小津が好んだとも言われるアグファの
>「青」が要所要所に使われていることとの対照性から,
>「赤」が際立ったという側面もあろうが・・・

❖paperback
>アメリカのコダック製は、小津監督の大好きな
>赤色がとても綺麗に映るのですが、
>空の色が青過ぎてどうにも気に入らなかったらしく、
>ドイツのアグファ・カラーフィルムにしてみたら、
>今度は赤色が朱赤になってしまう。
>結局退色や褐色に強いという事等を考えて、
>アグファフィルムを使用したそうです。

❖小津安二郎のキャメラ番 厚田雄春の世界
>小津の初のカラー作品となった「彼岸花」(1958)では、
>フィルムをアグファにするかコダックにするかでずいぶん悩みました。
>“アグファの赤はちょっと朱色になり、本当の赤はコダックのほうが出るが、
>コダックは空が変に青くなるのでNG”というように一長一短だったからです。

『彼岸花』
b0183304_21361066.jpg

やっぱり小津自身、アグファの発色は「朱色」になるという
認識があったようだが(当たり前か…)
彼の考える綺麗な「青」を出したいがための妥協だったのか?
それとも「青」だけでなく、もともと狙っていた「くすんだ赤」=「朱色」
の両方が再現出来るという事で選んだのか?

私には、小津監督が「赤」で妥協したとは思えないし
たびたび登場する突き抜けたような「青空」も
“つなぎカット”とはいえ、いつも印象に残る強烈な「青」だ。
晴天の「青」と、和風で落ち着いた「朱」の両方ともが
小津の狙い通りの色で表現出来た、と考えれば合点がいく。
(蛇足だけど、大映での『浮草(1959年)』では「緑」が頻繁に使われています。
 これはDVDのオーディオコメンタリーで気付いた…というか、知りました。)

※Agfa(アグファ):日本法人の表記は「アグフア」
(以下、Wikipediaより引用)
文字の制約
2002年10月31日以前
商業登記上、以前は商業登記規則により、商号中にアルファベットやアラビア数字などの使用は認められていなかった(同規則48条の解釈。漢字であれば使用できる字体に制限がないとも解釈できる)。そのため、定款上はアルファベットであるが登記上は片仮名である会社もある(例:株式会社KVK→登記上は株式会社ケーブイケー、TDF株式会社→登記上はテーデーエフ株式会社、株式会社PALTEK→登記上は株式会社パルテックなど)。さらに以前はカタカナのャュョッァィゥェォも使用が認められなかったため、登記上の社名をヤユヨツアイウエオに置き換えたケースもある(例:ジャパンタイムズ→登記上は株式会社ジヤパンタイムズ)。
(筆者注)「キヤノン」「キユーピー」なども、そうですね。

※その他参考サイト
映画 ランダムソート「総天然色」
映画フィルム - Yahoo!百科事典

b0183304_2223189.jpg
小津安二郎の初カラー作品
『彼岸花(1958年)』

■関連記事
 小津安二郎の「青」と「晴天」
 小津安二郎の「緑」/その1『浮草』
 小津安二郎の「緑」/その2『お早う』
 小津安二郎の「色」/オフィス、アパート・・・
 小津安二郎の「色」/『小早川家の秋』
[PR]
※チャップリンの傑作短編『のらくら(1919年)』のワン・シーン…
b0183304_20553238.jpg

記事『小津安二郎とチャップリンの異色カット』にも、この“猪木アリ状態”でケンカをするシーンを載せたけど、チャップリンが演じるアクション・シーンは身体能力は勿論のことだけど、それだけでなくアイデアがいつも秀逸だ。猪木を遡ること半世紀以上前、すでにこの頭脳戦術(?)を編み出していたのだ…(笑)
b0183304_13501251.jpg

そしてこれは『街の灯(1931年)』での抱腹絶倒ボクシング・シーン。
なんと必殺“クロスカウンター”が炸裂(笑)!
b0183304_20572082.jpg

『あしたのジョー』で有名な力石とのクロスカウンター、これの元祖もひょっとしてチャップリン?
お互いのパンチを食らった二人はダウンした後、クロスカウンターならではの試合展開になる所も笑える。興味ある方は一度ご覧になって下さい。
b0183304_13454384.jpg

元祖といえば、『サーカス(1928年)』での鏡部屋での警官との“おっかけ”シーン。ブルース・リーの『燃えよドラゴン』にも同じように鏡を使ったアクション・シーンがあるが、『サーカス』でのこのシーンがヒントになったのではないかと思うのだがどうだろう。その他にも、これもまた傑作『のらくら』だけど、ゴルフ場での摩訶不思議で華麗な“反転スイング(というべきか?)”を見せてくれる。器用という以上に、チャップリンがもしスポーツ選手になっていたとしても、その道で大成していたんじゃないかと思う。
そしてアクション・シーンというには微妙だけど、マイケル・ジャクソンの歌うチャップリン作曲の「SMILE」についての記事の中で紹介した「スムーズ・クリミナル」のダンスのようになるシーンもナイスなアイデア勝負のギャグだ。(マイケルは、これで特許を取ってますね)
b0183304_20585818.jpg

ゴルフの不思議スイングと鏡部屋アクションについては、いずれまた書いてみようと思う。
[PR]
小津安二郎とチャップリン作品の中での珍しいショットについての記事
を書いてから、カール・ストラスというカメラマンが気になり、調べてみた。
b0183304_2344288.jpg
チャップリンの『独裁者(1940年)』
『ライムライト(1952年)』で、ロリー・トザローと共に撮影を担当したカール・ストラス。色々な名画に関わっていた名カメラマンだったとは知らなかった。知らないうちに観ていた作品もいくつかある。
>>Wikipedia:カール・ストラス(Karl Struss)
>>Internet Encyclopedia of Cinematographers

ピクトリアリスムと呼ばれる絵画的で反リアリズムな写真を目指すアーティスト集団「フォト・セセッション」に参加。仕事としてはヴォーグなどのファッション雑誌に掲載する写真を担当。その後、1919年にハリウッドに移った。
セシル・B・デミルの『男性と女性(1919年)』ではスチール担当だったが、翌1920年からは『Something to Think About』などで撮影を担当、1925年の名作『ベン・ハー』(チャールトン・ヘストン主演の方ではなく、ウィリアム・ワイラーが助監督時代の作品で、当時の制作費で200万ドルを投じた大作。群集の場面では12万人ものエキストラが動員されたそうだ。)にも4人のカメラマンのうちの1人として参加。1927年の『サンライズ』ではアカデミー撮影賞を受賞。第1回のアカデミー賞(翌1928年)ということで記念すべき“史上初”の撮影賞だ。ちなみに、チャップリンの『サーカス』は、同じく第1回のアカデミー特別賞だった。
b0183304_2363438.jpg
チャップリンの親友ダグラス・フェアバンクスとメアリー・ピックフォードの二人が出演した『じゃじゃ馬馴らし(1929年)』でも撮影を担当しており、『独裁者』での起用は、このあたりの繋がりかも知れない。その他、“主観カメラ”が画期的だったフレデリック・マーチ版『ジキル博士とハイド氏(1932年)』や、『火星探険(1950年)』『クロノス(1957年)』『蝿男の恐怖(1958年)』(デイビッド・クローネンバーグの『ザ・フライ』は、これのリメイク)などで撮影を担当した。
b0183304_2374341.jpg
あと、ノー・クレジットだが『風と共に去りぬ(1939年)』では、テクニカラー・テスト撮影の監督をしている。
チャップリンより3歳上、1986年生まれのドイツ系アメリカ人が反ナチ映画の『独裁者』の撮影を担当するというのも皮肉だ。

カメラのレンズで特許も取っている。
>カール・ストラスが1909年に特許を取得…
>カール・ストラス/ピクトリアル・レンズ

[PR]
昨日の記事の続きを書こうとしていて気付いた事が二つ。

まず、ロー・アングルとロー・ポジションを混同してた事。
カメラが見上げるのがロー・アングルで、
低い位置から撮影するのはロー・ポジションなんだそうだ。

※カメラを覗き込むチャップリン(ロー・ポジションですな)
b0183304_2348315.jpg

↓このサイトは分りやすいです。ここを見て、一目で理解できるはず。
❖アングルとポジションについて

よく「小津監督はロー・アングルが特徴で…」と言われるが
正しくは“ロー・ポジション”です。
b0183304_23485833.jpg

>>http://homepage2.nifty.com/yamamoto_kun/jiten.html
>小津が得意なのはロー・ポジション
>加藤泰はロー・アングル

もう1点は、2枚並べた『独裁者』のキャプチャーを見てて気付いた事。
この2つのシーンは、ほとんど(短い2カットをはさんで)繋がってるんだが
よく見たら空が違う。2枚目の空には雲がない!
同じ場所とアングルだけど、離れた時間に…
b0183304_21345720.jpg
ひょっとしたら別の日の撮影かも知れない。
[PR]
画面構成やカメラ・アングルに特徴のある小津安二郎監督。カメラ移動の少なさや様式的な構図、特に「ロー・アングル(ロー・ポジション)」は“小津調”と呼ばれる代表的なカメラ・ワークだ。
唯一の大映作品『浮草(1959年)』は、撮影が“名匠”宮川一夫という貴重な組み合せという事も含め、少々異色な作品だ。とは言え小津から宮川カメラマンへ撮影に関しての細かい指示はなかったそうで、宮川サイドであらかじめ“小津調”を理解した上で撮影に臨んだようだ。よって全体的にはいつもの小津調なのだが、ところどころ他の作品には見られないような珍しいカットがいくつかある。常に“晴天”にこだわる小津監督だが、この『浮草』では珍しく雨が降る(笑)。しかも大雨、豪雨だ。石畳を叩き付ける“どしゃ降り”を挟んだ軒下で、中村鴈治郎と京マチ子が罵り合うシーンは、とても印象に残るシーンだ。その他にも、冒頭近くの俯瞰シーンも、何でもないようだが、小津映画としてはこれもまた珍しい。他の作品で見られるたとえば建物の窓から見下ろす“つなぎカット”などを除けば、ひょっとしたら小津作品の中で唯一の俯瞰シーンかも知れない。ちなみに、この撮影場所を見つけるまで3日も掛けてロケハンしたそうだ。
b0183304_21383953.jpg
あと、今回はチョイ役の笠智衆が芝居小屋を尋ねるシーン。こちらは俯瞰とまではいかない高さか。他の監督作品なら何でもないカットだが、小津映画の流れの中に突然登場すると、いい意味での違和感があってハッとする。しかも歩いている役者が、小津作品ではお馴染みの笠智衆だけに印象深い。
b0183304_2139244.jpg
戦後の日本的ホームドラマ路線からは想像つかないかも知れないが、戦前の小津映画は、意外にもモダンな要素が取り入れられていたり、バタ臭い欧米的なイメージの作品もある。小津は、作品演出の中で様々なテクニックを試行錯誤しながら、一方では、映像の技巧や画面要素を少しづつそぎ落とす作業を重ねて簡略化していった。そして、どんどん個性を凝縮して自分流の様式美を完成させた。そして、最終的には「技巧が技巧として目立っちゃいけない」という持論に至ったのだろう。

同じような事を言っている映画作家にチャールズ・チャップリンがいる。彼の場合は、最初の頃から「私はテクニックを信じない。芸しか信じない、そしてスタイルだ。」と主張し「カメラは出しゃべるべきではない」と常々言っていた。幼い頃から長い間、舞台で活動して来たせいもあるだろう。
この『ライムライト(1952年)』での舞台転換のシーンは珍しいカットだ。この作品でも、全体の画面構成は舞台っぽいシーンが多いので、いきなり舞台裏が映るこのカットには驚く。
(※撮影:カール・ストラス/撮影顧問:ロリー・トザロー)
b0183304_21395657.jpg
チャップリン初の完全トーキー作品『独裁者(1940年)』では移動撮影が増え、ゲットーが映るシーンや、チャップリン演じる床屋が絞首刑にされそうになるシーン、宮殿でのパーティの場面などでは、珍しくクレーンも使ってるようだ。
突撃隊が攻めてくる、この緊迫するシーンでは珍しいロー・アングル。いや、ウエスト・レベルくらいか。それでも初めて観た時はびっくりした。長年、チャップリンの専属カメラマンを担当していたロリー・トザローに加え、この作品と『ライムライト』で撮影スタッフとして仕事をしたカール・ストラスの仕事だろうか。
(※撮影:カール・ストラス、ロリー・トザロー)
b0183304_21423485.jpg
こちらのシーンでは、カメラが奥から手前に移動する所から始まる。
b0183304_21433841.jpg
その直後の、家に押し入られる俯瞰シーン。コミカルな乱闘シーンではなくシリアスな暴力シーンであり、これもチャップリン映画にしては珍しい。
b0183304_21441962.jpg
サイレント時代の傑作『のらくら(1919年)』(私の超お気に入り)作品では、元祖“猪木アリ状態”でケンカをするシーンがあるが、ただでさえ珍しいクローズ・アップに加え、それぞれ俯瞰とロー・アングルだ。

※猪木アリ状態のチャップリンとマック・スウェイン
(撮影:ロリー・トザロー)
b0183304_2145696.jpg

b0183304_21453248.jpg
b0183304_2146626.jpg
小津安二郎とチャールズ・チャップリンの、もう一つの共通点は、長期間に渡って同じカメラマンを起用していた点にある。
小津監督は、厚田雄春(あつた ゆうはる)氏を1937年の『淑女は何を忘れたか』から1962年『秋刀魚の味(遺作)』まで、東宝2本(1950年『宗方姉妹』1961年『小早川家の秋』)と大映の『浮草(1959年)』を除く作品で起用。
チャップリンは、ロリー(ローランド)・トザローを1918年『犬の生活』から、アメリカを実質追放される1952年の『ライムライト(顧問のみ?)』まで30年以上一緒に仕事をした。
[PR]
以前の記事“夢のシンボルと『千と千尋の神隠し』”に載せた画像ですが、
このアニメをよく知っている人なら気付いたかもしれませんが
かなり色を「補正」してからアップしています。b0183304_21181165.jpg
とは言っても、元の色を知らないので
まずは何も考えず、Photoshopまかせで「自動補正」を掛けました。
b0183304_21184711.jpg
すると、一瞬にして赤い色カブリが取れたので
そのままアップしてもいいかなと思ったのだけど
あまり変わり過ぎてしまうのも、ひょっとして不自然かも…
と思って元の画像と50%+50%で重ねました。
で、まだシャキっとしなかったので、
画質が落ちるのを覚悟して、わざわざCMYKに変換し
BLを強調しました。(BL=Black。つまりアニメのトレース線ね)
b0183304_21192515.jpg

>>『スタジオジブリ 鈴木敏夫さんに聞く』
>鈴木氏「テレビ放送の色温度の基準は9300K、
     ハイビジョンのスタジオ規格は6500Kです。」
    「で、まずは単純なダウンコンバートと色温度変換をやって
     チェックしてみたところ、 ひとことでいって青っぽかった。」

DVD発売当時、さんざん問題になったらしい“千と千尋の赤味問題”ですが
私は、劇場では観てないので正確な話は出来ないかも知れないけれど
元々のタイトル文字の色は真っ白なのでは、と思われる画面↓を見ても
あまりにも不自然で、鈴木プロデューサーの話は
言い訳のように思えて仕方ない。

※こちらは1クリック。Photoshopの「自動補正」のみ(笑)
b0183304_2120976.jpg
たしかに家庭用テレビのモニタは9300Kです。
しかし「ハイビジョンの“スタジオ”規格」って何?
ハイビジョン放送の製作現場のモニタ環境?
製作現場の環境が、家庭用テレビの色温度と違っていたとすれば
DVDの制作環境としてはどうなんだろう。

DTPの仕事をする時には、普通モニタの色温度を5000Kに設定します。
なぜなら、印刷用の白い紙の色温度が5000Kだからです。
Webの仕事の時には“一般的なモニタ”の色温度6500Kに合わせます。
ではDVDの制作時には?

パソコンのモニタ(ディスプレイ)の設定を変えられる方は
実際に試してみると分りますが、家庭用テレビと同じ9300Kに合わせてみると
鈴木氏の言うように、画面は“青っぽく”なります。
そして『千と千尋の神隠し』のDVDを持っていれば、その状態で見て下さい。
たぶん、見た目では“赤味はほとんどそのままで青味が増すだけ”だと思います。
つまり、人間の目の*色順応*を超えた「補正」レベルを超える
“余計な”修正が行われていたとしか思えません。
>>『*色順応*について デジタル@備忘録』

これ、絶対に指示した上司に現場からの意見が出てたはずですよ!
そうでなければ現場のプロが、こんな欠陥商品を作るはずがないです。

↓ここのサイトには、この件について、とても詳しく検証してあります↓
>>『千と千尋DVDが赤い理由』
>日本版も9300Kのモニターで表示させれば、
>制作者の意図通り表示されるはずです。たぶん。

・・・実際には、そうは映りませんでした。

>鈴木氏「宮崎駿は、劇場公開用の、「千と千尋〜」の製作段階で、
     とくに冒頭シーンで千尋の気分を出すことにこだわり、
     ある種類の赤い色を加えているんです。」

※冒頭シーンも「自動補正」一発で、こうなります。
b0183304_23391038.jpg
Photoshopの基本機能に、いとも簡単に感知される
という事は、いったい何を物語っているのか…

■主な関連記事
 『千と千尋の神隠し』の油屋全景
 夢のシンボルと『千と千尋の神隠し』
 夢…『千と千尋の神隠し』で見たような

【数量限定】▲貴重なフランス語版!【フランス直輸入】大人気!GHIBLIジブリ フランス語版DVD...

【数量限定】▲貴重なフランス語版!【フランス直輸入】大人気!GHIBLIジブリ フランス語版DVD...
価格:4,680円(税込、送料別)


[PR]