カテゴリ:音楽 / バンド( 63 )

スクリッティ・ポリッティが全盛期の頃、ポップスもロックもドラムの音というと、キックとスネア中心のサウンドが主流で、もっと言うと“スネア命”みたいな時代だった。ハイハットやシンバルは“添え物”で、特にピーター・ガブリエルの『III』『IV』あたりではそれが特に顕著。

80年代のキング・クリムゾンでのビル・ブラッフォードのドラム・セットには、ハイハットがセットされておらず、かわりに左足にセットしたシモンズのバスドラの金属系の高音を使ってハイハットを踏んだ時の音を代用をしたり、ロート・タムやオクタバンでは、ハイハットのスティックでの“刻み”に代わる音を演奏していた。

※ブラッフォードの変態セットがたまらんです。

レヴィンが弾くチャップマン・スティックが凄まじいっす。
ブリューのギター・プレイもカッコ良すぎ。
手前に置いたエフェクターもいい!
フリップについては、いわずもがな。

自分にとっての“80年代の3大バンド”
アルバムを発表順に並べると、ピーター・ガブリエルの先見性がはっきり分る。

1980年 ピーター・ガブリエル『III』 *ゲート・リヴァーブの誕生
1981年 キング・クリムゾン『ディシプリン』
1982年 ピーター・ガブリエル『IV』
1982年 キング・クリムゾン『ビート』
1984年 キング・クリムゾン『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』
1985年 スクリッティ・ポリッティ『キューピッド&サイケ 85』
1986年 ピーター・ガブリエル『SO』
           *ハイハット復活(ステュワート・コープランド)
1988年 スクリッティ・ポリッティ『プロヴィジョン』

その当時の私は、ちょうど打ち込み系のバンドに参加してて、シンセ・パッドの音源を作るのも好きだった。スネアの音もスクリッティ・ポリッティのようなタイトな音を意識してした、ディケイが短くて堅〜い音を作り「scrittisnare」なんて名前を付けてた(^^;)。ピアノの“コーン!”というアタック音の一部を混ぜると、不思議と“それ風”になった。スネアの音“限定”(笑)でスクリッティ・ポリッティ以上に好きだったは、イエスの「リズム・オブ・ラヴ(1987年)」
※YouTubeでは分らないと思うけど、このスネアはいいなぁ〜。

…こ、こんなPVだったんだ(´д`;)
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1990年、マイルス・デイヴィスが来日するというので、仕事仲間と伊豆まで車で観に行った。マイルスを初めて生で観た野外公園でのライブはスクリッティ・ポリッティ(Scritti Politti)「パーフェクト・ウェイ」からスタートした。ラスト近くでマイルスがステージから引っ込み、バンドだけの演奏になったとたん、まるで解放されたみたいに生き生きとプレイしてたのが印象に残ってます(笑)。マイルスがステージを降りた後、バンドをリードしていったのが、キーボードのケイ赤城で、その勇士はまるでキース・エマーソンみたいだった。
…これがマイルス・バンドとしての最後の来日で、翌年9月28日にマイルスは亡くなってしまった。享年65。

※伊豆 ぐらんぱる公園でのラスト・マイルス(1990年9月23日)
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スクリッティ・ポリッティ自体はポップ・バンドなのだが、『キューピッド&サイケ 85』『プロヴィジョン』の2枚に参加したドラマーのフレッド・マー(Fred Maher)は元々ニューヨークのアヴァンギャルド・シーンで活動してた人。今や超大物プロデューサーのビル・ラズウェルらと活動していて、マテリアルなどの他、何とカンタベリー・ミュージック界の重鎮フレッド・フリスとのトリオ、マサカー(MASSACRE)にも参加している。アルバム『Killing Time』では、スクリッティ・ポリッティとは程遠いアグレッシヴでスピーディなドラミングを聴かせてくれている。
またキーボードのデイヴィッド・ギャムソンはスクリッティ・ポリッティを脱退後は、マドンナやミシェル・ンデゲオチェロをプロデュースするなど活躍しているそうだ。

>>マイルス御大とスクリッティ・ポリッティのショット
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前の記事を書いていて、また疑問が。
スクリッティ・ポリッティ(Scritti Politti)の特集が載ってる『ミュージック・マガジン(2006 October)』には、「パーフェクト・ウェイ」のアナログ・シングル盤は第4弾シングルとあるが、自分が持ってる盤には“『キューピッド&サイケ 85』からファースト・シングル”と書いてある。ジャケット・デザインも、特集ページに載ってる「ザ・ワード・ガール」のデザインだ。
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晩年はマイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーのカヴァーをするなど、ポップスに傾倒したマイルス・デイヴィスだったが、スクリッティ・ポリッティをカヴァーするきっかけは『TUTU(1986年)』の制作時に、プロデューサーから渡された参考音源だったそうだ。その中に入っていた「パーフェクト・ウェイ」を気に入り、バック・トラックをマーカス・ミラーに作らせた。しかもオリジナル(当時の欧米盤のヴァージョン)ほとんどそのままのアレンジで。そもそもマーカス自身『キューピッド&サイケ 85』に数曲参加していたという縁があったが、マーカスを通じたスクリッティ・ポリッティとマイルスとのつながりは曲のカヴァーだけにとどまらず、スクリッティ・ポリッティが次作『プロヴィジョン(1988年)』をマーカスを含めたメンバーで作っていたスタジオの数ブロック先のスタジオで、マーカスはマイルスともレコーディングをしていいて、彼らを気に入ってるマイルスがスタジオにちょくちょく顔を出すようになり、ついには御大本人も『プロヴィジョン』に参加することになったのだ。マイルスが参加した「オー・パティ」というバラード曲は、マイルスのトランペットのための曲といってもいいくらいの曲。マイルスが参加ということで、そのために作った曲なのかも知れない。(未調査です…)
『プロヴィジョン』『キューピッド&サイケ 85』を、ソリッドにして余分な音をそぎ落としたようなアルバムで、前作のバリエーション豊かな音色が“ある程度”統一された感じがする。特にスネアを始めドラム・セット(あえて、そう言います)の音色が前作ほど曲ごとの違いが少ない。何かの雑誌で読んだ記憶では、スネアのサンプリングをするだけの作業で何週間もかけたそうだ。
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スクリッティ・ポリッティ(Scritti Politti)を知ったのは、『キューピッド&サイケ 85(1985年)』が出たその年、邦楽ロックのバンドに一緒に加入したキーボーディストのお薦めだった。練習曲を録音してくれたテープに一緒に入っていて「これ、凄くいいから聴いてみて」と言われ、バンド練習曲をコピーするついでにカセットで繰り返し聴いた。彼とは学生時代から一緒にバンドを組んでいてプログレ好きという共通点があったのと、あの当時はJAPANなどのイギリス系のニュー・ウェイヴ(死語w)も好きなことは知っていた。しかし、このスクリッティ・ポリッティ、甘ったるいヴォーカルのせいもあって最初なかなかピンとこなかったが、いつの間にか「スモール・トーク」の万華鏡のような目くるめくシンセの絡みや「パーフェクト・ウェイ」のドライでタイトなサウンドが気に入っていた。
少し後になって「パーフェクト・ウェイ」がシングルで出ていたので買ってみた。聴いてみたら、どういうわけかリヴァーブが深い全くの別ヴァージョンで、気に入ってた曲のイメージと違ってガッカリ。(後になってマイルスの『TUTU』を聴いた時、このヴァージョンのカヴァーだと分った。)
数年して(レコード・ショップからアナログ盤が消えた頃)次のアルバム、マイルス御大が一曲参加した『プロヴィジョン(1988年)』と一緒に『キューピッド&サイケ 85』もCD(日本盤)で購入した。ところが、またまた聴いてみてガッカリ。一番のお目当てだった「パーフェクト・ウェイ」がリヴァーブが深いシングル・ヴァージョンだったのだ。
CD化で別ヴァージョンに差し替えられたのかと思って、中古レコード屋を回ってアナログ・アルバムを探した。輸入盤を見つけて帰って聴いたのだが、これも同じくリヴァーブが深いヴァージョン。訳が分からなかったのだが、まだその頃はネットもなく情報が少なかったので仕方なくあきらめていた。
三人組のスクリッティ・ポリッティから二人が脱退して“楽団ひとり”になり、シングルを2枚出したあと1999年に突然アルバム『アノミー&ボノミー』が出た。また「パーフェクト・ウェイ」の事を思い出して、今度は“輸入盤CD”の『キューピッド&サイケ 85』(米盤)も一緒に買ったのだが、これもリヴァーブ・ヴァージョン(´・ω・`)。困った時の2ちゃんねる。ドライなヴァージョンの「パーフェクト・ウェイ」を探してる…と質問をしてみたのだが、過疎スレなのに完全にスルーされた。
そして3年前の2006年、新アルバム『ホワイト・ブレッド・ブラック・ビア』がリリースされたのに合わせて雑誌『ミュージック・マガジン』にスクリッティ・ポリッティの特集が載っていたのを本屋で偶然見かけて即買い。アルバムも、もちろん買いました。帰って特集を読んでみてビックリ!長年の謎だった「パーフェクト・ウェイ」についても詳しく書いてあるではないか。

整理すると、リヴァーブが浅いタイトなヴァージョンは、アナログ時代は“日本盤”だけに収録されていた。それなのに、CD化された時には、どういうわけか“英国盤”だけに収録され、他の盤には収録されていないそうだ。それだから、今まで買った“輸入アナログ盤”も“日本盤アナログ・シングル”も“日本盤CD”も“米盤CD”も全部はずしてた訳だ('A`) 。
さっそく“英国盤CD”を探しに行き、見つけました買いました。20年振りの再会でした〜。

※残念ながら「パーフェクト・ウェイ」のPVは見つけられず。
 これは、よりタイトになったアルバム『プロヴィジョン』から。
 カッチカチのビーチ・ボーイズだな。
 (アタマがちょっと切れてるし、尻切れとんぼ…)


※日本語訳付きのインタビュー映像があったので貼っておく

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マイケル・ジャクソンの死因、いろいろ言われてるみたいですね。たとえば産経新聞などが過去の報道から「鼻を手術した際に抗生物質の効かないメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に感染、菌が全身に広がっており、病院に通っていた」書く一方、ツアー絡みの訴訟などから「自殺臭い」と書くブログもある。
ヒット・チャートとか興味ない自分だけど、『スリラー』はレンタルしてカセットにコピーしてよく聞いてた。1曲目の「スタート・サムシング」でのバスドラの入れ方、当時としては斬新だったと思う。たしかマイケル自身のアイデアだったはずで、ドラマーじゃない人ならではの発想だ。ロックっぽい「Beat It」は、カラオケでたまに歌ってました(笑)。この曲、エディ・ヴァン・ヘイレンがリード・ギターを弾いて、スティーヴ・ルカサーがリズム・ギターを弾いてますね。M.ジャクソンの曲といえば、マイルス・デイヴィスが『ユア・アンダー・アレスト』の中で「ヒューマン・ネイチャー」をカヴァーしていて、ライブでもよく演奏してた。
※残念ながらケニー・ギャレットの熱いソロがこれから、という所でカット…
 4弦ギターのフォーリー、今どうしてるかな。

ジョンスコが抜けた後、急速にポップに移行していった時代のマイルス。スクリッティ・ポリッティやプリンスと並んで、マイケル・ジャクソンは晩年のマイルス・デイヴィスお気に入りのミュージシャンだった一人だ。
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5年振りの再結成をしたバンドで演奏する曲の一つ、ザ・タイマーズ『デイ・ドリーム・ビリーバー』の歌詞で聞き取れないところがあった。
♪僕は、デイ・ドリーム・ビリーバ@★※☆彼女はクイーン…♪のところ。
調べてみた。

♪デイ・ドリーム・ビリーバー そんで、彼女はクイーン…♪

・・・そんだけのことか(´・ω・`)
ちなみに原曲(ザ・モンキーズ)の歌詞は

Cheer up, Sleepy Jean.
Oh, what can it mean
To a daydream believer
And a homecoming queen?

「And a」=「そんで」

ところで、タイマーが大好きな過激なタイマーズが
どうしてこんなポップで可愛い曲を演ったんだろ。
メンバーも忌野清志郎にソックリな友人(笑)ゼリーが
ヴォーカルと訳詞を担当してるのに…。

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8月の夏祭に向けて、遂に5年振りに“あのバンド”が復活!
活動再開を祝って飲み会!…で、ついでに打ち合わせ (^^;) 違うか〜。。。
もはやメンバーみんなのライフワークともいえる長〜い活動歴を持つ老舗バンドなのだ。結成20周年ライブはいつだっけか?
学祭などで活動していたバンドに友人のキーボード奏者と一緒に加入したのが1985年で、その時はパーカッション担当。たしか1回きりの参加で、その後は、そのバンドから派生した打ち込みバンドの活動に移った。(このバンドについて書き出すと長くなるけど、当時としては最先端(`・ω・´)だったはず。)そして1991年、メンバーの結婚パーティで再結成、今度は無謀にもドラマーとして参加。人前でドラム・セットを叩いたのは、これが最初。それからは10年以上コンスタントに活動を続けたのだけど、社会人バンドだけに色々と事情があり一旦休止。
そして…実は3年前に復活祝いの飲み会があったのだ。しかし活動できず今に至ってました。その時に新しく加入したキーボーディスト君は、実に3年越しでのデビューです(^_^)/
う〜ん、私もドラムを叩くのは2年振り。ちょっと心配ではある…。
昨夜の飲み会は、当然のことながら盛り上がりました。●,000円で飲み放題食べ放題。ちょっと紹興酒を飲み過ぎたかな〜。みんなに迷惑かけてないといいけど…。
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マノロ・バドレーナ氏の教則DVDを観たおかげで、ずいぶん頭の中が整理された。
スラップのコマ送りで“ムチのようなスナップ”もハッキリ見ることができた。
すごいな、こんなに“しなう”んだ。
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あと、ヘッドの全体を使うプレイ・スタイルにも関係あると思うが
バドレーナ氏の場合、コンガの高さが平均的なセッティングよりも低いかな。
だいたい、ヘソの少し上くらいか。
立って叩く人でも、座って叩くポジションくらいにセットする人が多い気がする。b0183304_2242505.jpg

※真ん中の斉藤ノブさんも立ってプレイしてます。

低めのセッティングはコンガにカウベル等の金物をセットする自分には
こちらも叩きやすくなって、一石二鳥に都合がいい。
今まではコンガを叩く時にちょうど腕が水平に
なるくらいのセッティングだったので
スティックを使って金物を叩くのは、ちょっとつらかったのだ。
ちょうどジンジャー・ベイカーがタムを叩く時のように(笑)
腕を少し上に引き上げて、手首を多めに曲げないといけなかった。
次からは、もっとセットを低めにセットしようっと♩
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最初に書いた自己流オープン・スラップの記事を読み返してビックリ。
いや、自分の記憶のいい加減さに驚いた。
先にヘッド“外側”近くのオープン・スラップを試して
次の練習では、少し真ん中に移動させたのだった。
最初の方がバドレーナに近い。何を勘違いしてたんだろ (・_・;)
もう10日以上叩いてないから記憶が塗り変わってしまったのか…

まぁ、いずれにしてもバドレーナ奏法でしばらく試してみることにする。b0183304_955695.jpg

※私のコンガ、すごく大きく見えますが、実際に少し大きめです。 
 手が小さいのもあるかもだけど…
 11-3/4インチ(30cm)というコンガ・サイズを使ってます。
 本当は1本でプレイする時はキント(11インチ)を使う事が多いらしく
 この写真でのバドレーナ氏も11インチのキントですが
 初心者の私の知識不足もあり、ちょっとチューニングを高めにして使ってます。
 胴がないトラベル・コンガなので、低音不足な面をサイズで補っている…
 と、無理矢理に自分を納得させています(笑)
>>コンガの基本

※バドレーナ氏の言う“外側”というのは、よく見ると
 本当にリムの外側で、小指がリムの縁に当たるか当たらないかのポジション。
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前回のライブ直前に、スラップのポジションがヘッドの手前だったのを、
少し向う側に変えて“いい音で鳴る”ポイントを見つけた…と書いたが
“それもあり”という確証を得た!

ウェザー・リポートなどで有名なマノロ・バドレーナ氏の教則DVD
『All That Percussion』
を買った。
その中でコンガのスラップを解説してるんだけど
「私は外側のスラップの方が広く場所を取れるので好みです」と語っている。
ヘッドの中央どころか向こうの端っこ、つまり外側でスラップしてるのだ。
コーチをしてくれた師匠と同じ意見で「ヘッド全体を使いたい」のだ。
マンボの基本パターンを叩いてみせてくれたのだが
“人さし指ピョコン!”もやってる!
やっぱり、自分なりに試行錯誤してた事は間違いじゃなかったんだ。
まぁ、パーカッションはプレイ方法に個人差が大きい楽器とはいえ
これで迷いがふっとんでしまった。
(もちろん右側がバドレーナ氏)

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あと、同じDVDでパンデイロも少し紹介してるんだが
これがまたバカでかいパンデイロ。
よく見ると、ジングルが8個もある!(普通は5個)

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