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<<<小津安二郎『学生ロマンス 若き日』-1の続き

ここからは、割とどうでもいい話です(笑)
気弱な山本(斎藤達雄)の部屋に渡辺(結城一郎)が転がり込んで、ずうずうしくも机の上にあった缶を手に取って、美味しそうに中身を食べるシーンがある。
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缶の中のスープ状のものに付けて食べる“おやつ”って何だろうと思って、映像を止めて缶の文字を良く見ると「Asparagus」とも読める文字が。当時、アスパラの缶詰を“おやつ”に食べるのって普通だったのか。ヘルシーで良い“お菓子”だな。

b0183304_21125171.jpg仕送りのお金が来ない渡辺と、財布を落としてしまった山本。スキーに行く資金がなくなって落ち込んでいたが、渡辺が決心する。〝俺は偉いんだ〟〝上を向け 上を〟と云い、本やトロフィーを風呂敷に包んで〝俺は第七天國へ行くんだ〟と言って出掛ける。第七?あぁ、質屋(しちや=ひちや)ね(笑)壁には『Seventh Heaven』というタイトルの映画らしきポスターが貼ってある。この映画、フランク・ボーゼージ監督の『第七天国(1927年)』だそうで、坂本九の『上を向いて歩こう(永六輔作詞)』の元ネタの「下は向かずに、上を見るように」というセリフが有名らしい。渡辺の台詞(字幕)〝上を向け 上を〟は、この映画の引用だったんですね。それにしても〝俺は偉いんだ〟という言葉、今はこんな風に話さないよなぁ。
ヒロインの松井潤子(千鶯子)と母親役の飯田蝶子が、二人並ぶと結構似ていて本当の親子のようなだと思った。1897年生まれの飯田蝶子さんは当時32歳(!)。さすが老け役の名人。今なら娘を嫁に出すどころかアラサーで婚活中でもおかしくない。映画の中では50歳くらいの設定か。
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“若き日”の笠智衆さん。1904年生まれなので撮影当時25歳。こんなストレートな笑顔や、パイプをくわえて“ちょいと”気取ったポーズをとる笠さんは新鮮です。
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1929年『学生ロマンス 若き日』
この映画、「見合い」だけでなく、ちゃんと長~い「宴会」シーンもあります(笑)
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小津安二郎8本目の映画で、現存する最古の監督作品『学生ロマンス 若き日』。監督デビューから僅か2年後の1929年の作品で、スキーを扱っていたり野外撮影でのドタバタ・シーンがあったりと、戦後の小津とは少々趣が違う作品だ。しかし今回観直してみて分かったのだが、すでにこの時点で後年の“小津調”と共通する要素がいくつか見受けられ、ストーリーや映像構成も計算されていて、かなり完成度の高い作品だと思った。

オープニング。俯瞰で東京を映すカメラが徐々に左へ移動して行き、「都の西北」という字幕を挿み、カットを繋ぎながら延々と主人公の住む下宿まで移動(パン?)する。そして窓の障子には「二階かし間」の貼紙。物語が終わったエンディングでは、再び貼紙のある障子窓が映った後、下宿のカットから右(東南?)へ移動して戻り、ファーストシーンの場所で終わる。このエンディングの移動映像はオープニングをそのまま“逆回し”したものではなく、多少端折った編集がされているが、振り出しに戻る物語もといい映画全体が“シンメトリー”な中に収まっている。
※それぞれクリックで拡大
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b0183304_217627.jpg同じように“シンメトリー”なカメラ移動が、もう一つあった。
スキー場で行われる「見合い」相手が、自分がナンパした女性と知り渡辺(結城一郎)は落胆し、若き笠智衆を含む仲間二人にコーヒーに誘わて入ったヒュッテ(スキー小屋)のシーン。
まず、小屋の「煙突」が映り、そこからカメラが下方に移動し、小屋の中の天窓の映像に繋る。更に下に移動し、薪をくべる主人公(渡辺)の手が一瞬映る。ストーブの上には、ちゃんと小津印の「やかん」もある。その後、仲間は見合いに参加するため出掛けるが、渡辺は独り見送って残るシーンを挿み、再びストーブに薪をくべるカットへ。今度は上に移動して行き、天窓から煙突のシーンに戻る。

※4月19日:追記
厚かましくマイペースな渡辺が、見合いのショックで大人しくなってしまう、という「折り返し」地点に“シンメトリー”映像を持って来るという様式美が面白い。数学的というか、音楽的というか…。
気になったのは、カメラが上に移動して戻る映像では、あるはずのない手袋が映っている事だ。スキー部員二人はストーブに干してあった手袋を取って見合い見学に出掛けたが、そこから外された後も上方へカメラが昇るシーンでもそのまま残っている。薪をくべるシーンからカメラがストーブに寄っているし、やかんの湯気や煙突の煙も下から上へと自然な動きをしている事から、同じフィルムを“逆回し”にして使ったのではない。撮影時に外し忘れたか、敢えて手袋を残したまま“シンメトリー”に収めたかったのか…。
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この現存する最古の小津作品にも、さっそく「お見合い」が登場するのも面白いが、おなじみ静止画的な風景の「つなぎカット」も3ヶ所登場する。

赤倉にスキーに出掛ける事を決めた渡辺と山本(斎藤達雄)の二人が、障子窓を開け空を眺める。2カット。左を向いて1カット。右を見ると煙突→風見風車→再び同じ煙突。
※それぞれクリックで拡大
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渡辺が当てにしていた仕送りが来なく、山本は財布を落とし、出掛ける事が出来ずに部屋からスキー部員を見送った後…
ここは、ほとんど同じシーンと言ってもいいくらい。落ち込んだ二人の様子と二つ目に映る煙突の様子が微妙に違うが、顔の向く順番もつなぎカットの順番も同じ。
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スキーから帰った後のラストシーン前…
いきなり一つ目の煙突が映り、独り窓際でタバコを吸う山本が寒そうに肩をすぼめて右を向く。そして(本来なら)三つ目に映る煙突。右を向くと煙突と風見風車が同じ繰り返し映る。山本が後ろを振り向くと、渡辺に「寒いから窓を閉めろ」と言われる。
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後年の「つなぎカット」とは違うのは、割と短いコマ数しかなく、カットが替わるテンポが速いのだ。しかも、カット毎に映る時間が違う。この奇妙なカット割の不規則なテンポというか変則リズムが私には少々落ち着かない。これも小津自身が意図したリズムだったのか。それとも、コマ数単位で指示を出す事もある晩年と違って、当時はある程度は編集者まかせだったのだろうか。
>>>小津安二郎『学生ロマンス 若き日』-2に続く

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ネットで「イスラムな社員証」という記事を見つけた。
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こ、これは、いくら何でも、これはネタでしょ(´∀`)
女性社員が1人だけの小さな会社だったりすれば
仲間内の身分証という事で、ひょっとしたら通用するかも知れないけど。
たとえば公式な免許証とかだったら、あり得ないだろう…。

と思っていたら、こんなサイトが
http://www.geocities.jp/timeway/kougi-44.html

※以下引用
日本でもイスラム教に入信する人が増えています。多くはイスラム教徒の男性と結婚して改宗する女性のようです。
数年前の新聞記事ですが、地方都市の女性がイランの男性と結婚してムスリムになった。で、戒律に従って頭髪をヴェールで覆って長いスカートと長袖の服を着てできるだけ素肌を見せないようにしていたの。この女性が免許の更新で警察にいった。免許の写真を撮る段になって、警官が「ヴェールを取れ」と彼女に言ったんですね。彼女は宗教上の戒律で頭のヴェールははずせません、顔はこのままでもわかるはずだから、このままで写真を認めて欲しいと訴えたんですが、聞き入れてもらえなかった。
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溝口健二“原作”の『大阪物語(1957年)』を観た。映画の撮影前に溝口健二は他界してしまい、戦前から溝口作品の常連だった依田義賢(よだ・よしかた)が脚本を書き、溝口の代役は吉村公三郎という監督が務めたが、私はこの監督の作品を知らない。それもあって、この映画の評価は自分には難しいところがある。原節子、京マチ子など主演女優の魅力を引き出す能力に定評があるそうだが、なんと小津安二郎の『淑女は何を忘れたか(1937年)』で助監督をしている。戦前の小津作品の中でも大好きな作品だ。『源氏物語(1952年)』も監督しているが、その作品でカンヌ国際映画祭の撮影賞を受賞した杉山公平を『大阪物語』でも起用。いつもの宮川一夫でない。そのせいか、子供のアップから始まるファースト・シーンから、いつもの溝口映画とは違う作風だと思った。その後も全体的にカメラの寄りが近い。物語の内容も、中村鴈治郎の演じるドケチな商人を始めキャラクターの設定が極端で、いつものリアリズムとは違い“ブラック・コメディ一”歩手前。
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そういった違和感はオープニング・タイトル後からすでにあった。溝口作品は、タイトルとクレジットが流れるバックに、雅楽などの“邦楽”が使われる事が多いが、この『大阪物語』でも「イヨォオーーッ」という掛け声から長唄(端唄?)が始まる。

しかし何か違う。
ラテンだ!

シャカシャカとリズムを刻むギロとクラベスが邦楽に乗っかっている。
最初は「まさかな…」と思っていたが、クラベスの3-2クラーベで確信した。
(劇中では、もう少しコンテンポラリーな2-3クラーベでのテンポの早い曲がコミカルに流れる)

いつもは「音楽」を早坂文雄、「邦楽」を望月太明吉という人が担当することが多い。(たとえば『山椒大夫(1954年)』『祇園囃子(1953年)』『雨月物語(1953年)』では、「邦楽」として望月氏の名前がクレジットされている)今回は「音楽」を『ゴジラ』などで有名な伊福部昭(いふくべ・あきら)。そして「邦楽」は中本利生という人が担当。この“ラテン邦楽”は中本氏がアレンジしたものなのか、それとも伊福部氏とのコラボなんだろうか。
イントロはゆっくりと始まって、その後少しづつテンポが上がっていく様子を聴いていると、ラテン・チームが邦楽に合わせているように聴こえる。クラベスが小鼓(こづつみ)の音色にも聴こえてくるのも面白い。私がラテン音楽にハマった数年前「ラテンと邦楽は相性がいいのでは」と考えていたのだが、まさか半世紀も前の映画で耳にするとは思っていなかった。この“ラテン邦楽”は『大阪物語』のコミカルな要素と、さらに言うなら“日本のラテン”ともいわれる『大阪』そのものを巧く表現したものだろうか。私には映画そのものよりも、この奇妙な音楽が一番インパクトがあった。
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