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b0183304_2362521.jpg5月16日、偉大なるロック・ヴォーカリストRonnie James Dio(ロニー・ジェイムス・ディオ)が亡くなった。享年67。あと二か月程で68歳だった。学生時代からのバンド仲間のブログで知った。ショックだったし、なにしろ驚いた。最近になって、2005年のライブDVD『HOLY DIVER LIVE』で、ロニーの健在ぶりを見ていたからだ。死因は胃癌だということで、さすがの鉄人も病魔には勝てなかったのか。
ブリティッシュHR/HMのヴォーカリストというイメージが強いが、意外にもアメリカ人。本名はRonald James Padavonaといい、トニー・ベネットやフランク・シナトラ、ディーン・マーチン等(あえて、こういう人を挙げた)と同じくイタリア系。有名になったのは70年代半ばからだが、同時期に活躍したロッカー達よりも年上。
>>Wikipedia
学生だった1957年にバンド活動を始める(ヴォーカリストとベーシスト兼任)。1962年には「ロニー・ディオ・アンド・ザ・プロフェッツ」というバンドでプロ活動を開始している事から、音楽歴ではザ・ビートルズと肩を並べるヴェテランである。

実際、ポール・マッカートニーと同い年でミック・ジャガーより2つ上だ。リッチー・ブラックモア率いるレインボーで名をなした後、まさかのブラック・サバスに加入。そして1980年にリリースしたアルバム『ヘヴン&ヘル』は名盤だ。意外(異質)な組み合わせだと思えたが、ソリッドなレインボーよりも“しっくり”馴染んで聞こえた。ジャケットもいい。この年、ロニーは38歳。
ブラック・サバス/ヘヴン&ヘル 【CD】

この1980年当時、同時代に活躍したロッカー達の年齢は、イアン・ギランとリッチー・ブラックモアが同じ1945年生まれで35歳、オジー・オズボーンとロバート・プラントは1948年生まれで32歳。グラハム・ボネット(1947年生)33歳。そしてデイヴィッド・カヴァーデイルとジョー・リン・ターナーは同じ1951年生まれで29歳。ロニーより10歳下だ。以前にもブログで年齢を話題にしたことがあるアンディ・サマーズもロニーと同じ1942年生まれなので「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」当時は、すでに38歳。
ロニー周辺の音楽を聴いていたのは、ブラック・サバスとしての2枚目のアルバム『Mob Rules』くらいまでで、次第にハード・ロック系のレコードは買わなくなってしまった。その後は、バンドの練習やライヴに備えて“カセット・テープ”で聴くくらいだったので、今でも手持ちのCDにロック系のアルバムは少ない。
そんな訳で、サバス後のロニーの活動については詳しくない。ところが2年程前、突然ハード・ロック(HR/HM)からスタンダード・ヴォーカルまで、気になるシンガーを聴きまくり、CDやDVDを集めまくっていた時期があった。その頃のお気に入りの一つが、最初に書いたDIOの『HOLY DIVER LIVE』だった。四半世紀ぶりに再会したロニー・ジェイムス・ディオは、すでに還暦を越えているにもかかわらず現役バリバリだった。さすがに全盛期と比べれば声質は枯れ、曲のキーも下げてはいるが、相変わらずのパワフルで安定したパフォーマンスは驚異。つくづく“生”のロニーが観られなかったのが残念だ。
ロニー・ジェイムス・ディオ、63歳の勇姿!

客席から乱入したファンへの対応ぶりが面白い。突然の出来事に思わず見せた“素”のディオ。YouTubeの映像では少し見づらいのが残念だが、バンドのメンバーも誰一人として動揺していないのが凄い(笑) ヘヴィ&ダークな音楽性やヴィジュアル・イメージとは対照的に、時おり見せる“お茶目なおじちゃん”ぶりが可愛い。
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還暦過ぎにして、このパワフルな現役ぶりだから、全盛期ともなれば並大抵ではない。レインボー時代の『Live in Munich 1977』でのロニーは、もはや神懸かり的。35歳、驚異のスーパー・ヴォイス!

特にギター・ソロ後(6'10"〜あたりから)は、まるで後光が差しているようだ。いや、自ら発光してるようにさえ見える。この人の発声の一番の特徴(特技)は、低音から超高音まで同じような声質を保てる事だ。だから、コピー・バンドで歌ってみて、キーのあまりの高さにビックリ、という事が多い。このロング・トーンを調べてみたら何とHiC#!ちなみに、まだこの頃は「メロイック・サイン」やってませんが、その原型のようなポーズがニョキニョキと芽を出しています(笑)
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故コージー・パウエルのドラミングも凄まじいです。今頃は「よぉっ!待ってたぜ」てな言葉を交わして、一緒にセッションでもしてるかも。
先週ロニーが亡くなってから、この2本のDVD(というか、この2曲)を寝る前に観るのが日課のようになっていました(笑)。しかも曲が終わると、また最初から聴き直してウィスキーを継ぎ足す時も。。。時に好きな2曲が、どちらも演歌っぽい曲調なのは偶然ではないだろう。以前から、ロニーの歌い方はトム・ジョーンズ的だったり北島三郎っぽいと思っていたが、訃報を知ってからネットを廻ってみたら「ヘヴィメタ界のサブちゃん」というのが、あちこちで見られて笑ってしまった。みんな同じ事を考えているんだな。

トム・ジョーンズのデビュー曲「Chills and Fever」
途中でレインボーの「Do You Close Your Eyes」に似た所が出て来ます(笑)
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前から気になっていたROVOのライヴに行って来た。ROVOという日本の“プログレッシヴな”バンドに興味を持つきっかけは、まず一昨年の秋に観たオルケスタ・ナッジ!ナッジ!(*詳しいライブ・レビューにトラックバック)の衝撃。リーダーの芳垣安洋の他、岡部洋一を含む“総勢11名の打楽器集団”だ。
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そして、ちょうどその頃によく聴いていた“アルゼンチン音響派”のセッション・アルバムを仕切った2人の日本人、勝井祐二と山本精一。この芳垣+岡部+勝井+山本の4人が在籍するROVOというバンドがあるという。さっそくアルバムを買ってみた。『NUOU』という、今のところ最新のアルバム。聴いた感じでは“フュージョン・バンドがトランスっぽいプログレを演奏していいる”という印象だった。TUTAYAで『CONDOR』というアルバムもレンタルした。こちらは、大雑把に例えるならクリムゾンの「トーキング・ドラム」拡張版。これらがライヴでどんな風に演奏されるのか、機会があったら観てたいと思っていた。
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クライアント様の好意でバックステージ・パスをもらって会場に潜入。実際のライブではCDよりも荒々しいプレイでロックなノリだった。アルバムとライヴの差は、ちょうどマイク・スターンのように、ライブでは燃え上がるような演奏なのにアルバムになるとすっきりと小ぎれいに整理されてしまっていたようだ。上に挙げた4人のメンバーの年齢は40代後半〜50代というベテラン・プレイヤーだが、観客の年齢層はたぶん一世代ほど下だろう。クラブに遊びに来ているような雰囲気で身体を揺すりながら2時間半以上パフォーマンスに熱狂的に酔っていた。地味なステージ演出が多いプログレ・バンドのライヴと違って、ROVOのステージはVJがオーディエンスを盛り上げるのに大いに役立っていた。個人的には、映像によってイメージを固定されているようで正直あまり好みではない。演奏者の動きや表情もよく見えない。しかし、この映像効果があってこその熱い“ノリ”なんだろう。たとえば、無名の40代のメンバーがVJなしで同じ演奏をしても同じように“若い”オーディエンスに熱狂的に受けるかどうかは疑問だ。レギュラーでVJを担当する迫田悠という人は、ジャケットのデザインも担当してるという事で、バンド・メンバーではないが、ちょうど初期クリムゾンでのピート・シンフィールド的な役割ですな。あの当時のクリムゾンやソフト・マシーンなど“ニュー・ロック”のコンサートは、昨夜のROVOのライヴのような熱いノリだったんだろうか。いずれにせよ、演奏自体は非常に高度でテクニカルで堪能出来た。ツイン・ドラムならではの“ギクシャク感”はあったが(ただし岡部洋一のセットにはバスドラはない)、フロントのギターとヴァイオリン、キーボードが渾然としながらも一体となってフレーズを徐々に変化させて行くので、ある意味分かりやすい曲進行だ。リズム・セクションの方がフロントよりも複雑というアレンジ。ただしリズムの“頭”とアクセントは、ベース・ラインと相まって“説明的”ともいえる程だ。このあたりも人気の秘密かも知れない。マニアックだけどキャッチーな要素もある。プレゼンテーションというかプロデュースの仕方が上手い。なんせROVOの公式サイトには「唯一無二のダンスミュージックバンド」とあるくらいだ。いったいファン層は、どんな人たちなんだろう。

野外ライヴで、時間がまだ早いのでVJの効果が発揮できていない。が、そのかわり演奏者の様子はよく見えます。

以下、ROVOのメンバーの経歴などを調べてみました。

勝井祐二(el-vl)
http://www.katsuiyuji.com/
1964年生
ボンデージ・フルーツ、渋さ知らズ、カルメンマキ and サラマンドラ等に参加。

山本精一(g)
http://www.japanimprov.com/syamamoto/syamamotoj/
1958年生
ボアダムス、想い出波止場、羅針盤、赤武士、PARA等に参加。

※勝井祐二と山本精一が参加したブエノス・アイレス・セッション
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Vol.#1『Chichipio』
Vol.#2『Izumi』

※ちなみに参加メンバーのフェルナンド・カブサッキというギタリストは、ロバート・フリップ主宰のギター・ワークショップでインストラクターもやっていた人。


芳垣安洋(ds,per)
http://y-yoshigaki.com/schedule.html
1959生
アルタード・ステイツ、モダン・チョキチョキズ、大友良英グラウンド・ゼロ、渋さ知らズ、菊地成孔デイト・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン、オルケスタ・ナッジ!ナッジ!等に参加。
渋谷毅、板橋文夫、早坂沙知、COBA、ホッピー神山、カヒミ・カリィ、ジョン・ゾーン等のバックを務める。
また、蜷川幸雄「マクベス」などの音楽を担当。

岡部洋一(per,ds)
http://donna-oto.com/okabe/
1962年生
ボンデージ・フルーツ、ザ・スリル、オルケスタ・ナッジ!ナッジ!等に参加。
大貫妙子、向井繁春、小野リサ、溝口肇、角松敏生等のバックを務める。
※インタビュー
>>http://www.drumsize.com/2007/04/_8april2007.html
※芳垣安洋と岡部洋一が参加した「オルケスタ・ナッジ!ナッジ!」のアルバム
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『BATUKA!
『Rhythm CHANT』


益子樹(key)
http://www.youtube.com/watch?v=q5BTkZVnBuc
DUB SQUAD、ASLN等に参加。
スーパーカーなどのプロデューサーとしても活躍

原田仁(b)
http://spysee.jp/%E5%8E%9F%E7%94%B0%E4%BB%81/1104021/network/a/
デフォルメ、キックス等に参加。
ディジュリドゥ奏者としても海外でも活躍。
※ディジュリドゥ(Didgeridoo/Didjeridu)>>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%89%E3%82%A5

迫田悠(VJ)
グラフィック・デザイナー、映像作家。
http://sakotaharuka.blog38.fc2.com/

※十数年前、ジャズ・バーのマスターに聴かされて衝撃を受けた『アルタード・ステイツ』(芳垣安洋が参加)。さっそく買って、知り合いにも貸して聴かせた。そのCDを貸した相手は、その後“行方知らズ”になって(´・ω・`)、もう聴けない…。アルバム再発を超希望!…と思ったらYouTubeに最近のライヴの模様が!まだ活動はしているのか。(アルバムではメンバー3人の他、ヴァイオリンの勝井氏をはじめ著名なゲストが参加。YouTubeの演奏よりもヘヴィで騒々しく、パーカッショニストの参加もあって音色的にも『太陽と戦慄』のようにハイ・エナジーだった記憶が…。)


b0183304_22402862.jpg『ROVO LIVE at 日比谷野音 2008.05.05 ~MDT FESTIVAL~』

公演後、このDVDを買いました。
整理された音だけより、映像があった方が面白い。
ちょっとハマりそうな気がして来た。
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以前、mixiの[夜のおんな]さんから『小津の切り返しショット[3]:イマジナリーライン超え』という記事に非公開コメントを頂いておりました。それは、掲載した切り返しショットの“照明の方向”についてのご指摘です。(ご本人の了解を得てHNを載せました)
指摘のショットでは向かい合った司葉子と原節子の“アゴの影(一番濃い影)”が同じ方向に出ています。もちろんセット内の撮影でもあり、ライティングは一方向だけとは限らないが、キーライトが同じ方向ではないか、という鋭い発見。つまり「対面座りの設定だと、この照明は“間違い”ということ」になります。しかし、額を中心とした顔の反射(ハイライト)は逆方向とも見えるので、通して観るとそれほど不自然には感じられない。
『秋日和(1960年)』
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では、他の切り返しショットはどうだろう。
『彼岸花(1958年)』での有馬稲子と田中絹代のカットでは、有馬を照らしているはずの左上からの灯りよりも右上からの照明(キーライト?)の方が強く、結果的に二人のアゴの影も顔の明るい部分も“同じ方向”だ。あり得ない。明らかに“三次元的に不自然=間違い”だといえる。
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同じく『彼岸花』から佐分利信とのツーショット。
田中のほぼ正面からのライトはツーショットのカットとの整合性があるが、佐分利の顔の明るい部分を見ると、部屋の灯りとは逆方向だ。
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カメラはイマジナリーラインを越え、対話する二人の視線は合わず、それに加えて照明も“ちぐはぐ/間違い”な不思議世界。しかも、1カット1カットがまるでスチル写真のようだ。
しかしよく考えてみると、異なった方向からのライティングをするためには、わざわざアングル毎に照明機材を移動させなければならず、あえて手間がかかる仕事にしている訳だ。
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私は映画の撮影現場について詳しくはないし、ただ画像を見ただけではキーライトおさえの方向を正確に言い当てる事は出来ませんが(^_^;)、ひょっとするとこの奇妙な照明によって、イマジナリーラインや視線のズレが相殺され、不自然さを打ち消す事に一役買っているのではと思う。(夜のおんなさん曰く「イマジナリーラインのズレを意識させないような照明の当て方」)写真や映像関係に詳しい方のご意見も伺いたいです。
極端な話、太陽光や部屋の灯りなど実際に想定される照明とは“別”に「小津の照明(神の光)」が存在して、役者や大道具・小道具が「小津(神)の意図」で回転舞台のように移動し続ける・・・。小津映画は、そんな不思議な世界のような気さえする。
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『東京暮色(1957年)』より

ドラマ中の現実世界ではあり得ない照明、イマジナリーラインの不自然さを相殺する小津映画の照明は、他の映画監督と比べて“平面的(フラット)”ではないだろうか。特に、一番上の『秋日和(1960年)』の切り返しショットのように“ちぐはぐ”な照明は、結果的にフラットとも言えそうだ。

たとえば、成瀬巳喜男の作品での「切り返し〜ツーショット」シーンはどうだろう。

『娘・妻・母(1960年)』
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『乱れ雲(1967年)』
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小津と比べると(たぶん)キーライトが強く陰影のコントラストが強い。しかし、極めて自然だ。たまたまそういったシーンを選んだ訳ではなく、どの作品も全体的にハイライトがはっきりしているようだ。背景にクッキリと人物の影が映るカットもある。よって、小津のような三次元での矛盾もない。ついでながら、人物の視線や身体の向きがほぼ固定された小津と違って、顔の向きや姿勢、目線も左右上下とよく動く。『めし(1951年)』『あに・いもうと(1953年)』あたりの作品でも同様だ。

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