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小津安二郎とチャップリンの異色カット

画面構成やカメラ・アングルに特徴のある小津安二郎監督。カメラ移動の少なさや様式的な構図、特に「ロー・アングル(ロー・ポジション)」は“小津調”と呼ばれる代表的なカメラ・ワークだ。
唯一の大映作品『浮草(1959年)』は、撮影が“名匠”宮川一夫という貴重な組み合せという事も含め、少々異色な作品だ。とは言え小津から宮川カメラマンへ撮影に関しての細かい指示はなかったそうで、宮川サイドであらかじめ“小津調”を理解した上で撮影に臨んだようだ。よって全体的にはいつもの小津調なのだが、ところどころ他の作品には見られないような珍しいカットがいくつかある。常に“晴天”にこだわる小津監督だが、この『浮草』では珍しく雨が降る(笑)。しかも大雨、豪雨だ。石畳を叩き付ける“どしゃ降り”を挟んだ軒下で、中村鴈治郎と京マチ子が罵り合うシーンは、とても印象に残るシーンだ。その他にも、冒頭近くの俯瞰シーンも、何でもないようだが、小津映画としてはこれもまた珍しい。他の作品で見られるたとえば建物の窓から見下ろす“つなぎカット”などを除けば、ひょっとしたら小津作品の中で唯一の俯瞰シーンかも知れない。ちなみに、この撮影場所を見つけるまで3日も掛けてロケハンしたそうだ。
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あと、今回はチョイ役の笠智衆が芝居小屋を尋ねるシーン。こちらは俯瞰とまではいかない高さか。他の監督作品なら何でもないカットだが、小津映画の流れの中に突然登場すると、いい意味での違和感があってハッとする。しかも歩いている役者が、小津作品ではお馴染みの笠智衆だけに印象深い。
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戦後の日本的ホームドラマ路線からは想像つかないかも知れないが、戦前の小津映画は、意外にもモダンな要素が取り入れられていたり、バタ臭い欧米的なイメージの作品もある。小津は、作品演出の中で様々なテクニックを試行錯誤しながら、一方では、映像の技巧や画面要素を少しづつそぎ落とす作業を重ねて簡略化していった。そして、どんどん個性を凝縮して自分流の様式美を完成させた。そして、最終的には「技巧が技巧として目立っちゃいけない」という持論に至ったのだろう。

同じような事を言っている映画作家にチャールズ・チャップリンがいる。彼の場合は、最初の頃から「私はテクニックを信じない。芸しか信じない、そしてスタイルだ。」と主張し「カメラは出しゃべるべきではない」と常々言っていた。幼い頃から長い間、舞台で活動して来たせいもあるだろう。
この『ライムライト(1952年)』での舞台転換のシーンは珍しいカットだ。この作品でも、全体の画面構成は舞台っぽいシーンが多いので、いきなり舞台裏が映るこのカットには驚く。
(※撮影:カール・ストラス/撮影顧問:ロリー・トザロー)
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チャップリン初の完全トーキー作品『独裁者(1940年)』では移動撮影が増え、ゲットーが映るシーンや、チャップリン演じる床屋が絞首刑にされそうになるシーン、宮殿でのパーティの場面などでは、珍しくクレーンも使ってるようだ。
突撃隊が攻めてくる、この緊迫するシーンでは珍しいロー・アングル。いや、ウエスト・レベルくらいか。それでも初めて観た時はびっくりした。長年、チャップリンの専属カメラマンを担当していたロリー・トザローに加え、この作品と『ライムライト』で撮影スタッフとして仕事をしたカール・ストラスの仕事だろうか。
(※撮影:カール・ストラス、ロリー・トザロー)
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こちらのシーンでは、カメラが奥から手前に移動する所から始まる。
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その直後の、家に押し入られる俯瞰シーン。コミカルな乱闘シーンではなくシリアスな暴力シーンであり、これもチャップリン映画にしては珍しい。
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サイレント時代の傑作『のらくら(1919年)』(私の超お気に入り)作品では、元祖“猪木アリ状態”でケンカをするシーンがあるが、ただでさえ珍しいクローズ・アップに加え、それぞれ俯瞰とロー・アングルだ。

※猪木アリ状態のチャップリンとマック・スウェイン
(撮影:ロリー・トザロー)
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小津安二郎とチャールズ・チャップリンの、もう一つの共通点は、長期間に渡って同じカメラマンを起用していた点にある。
小津監督は、厚田雄春(あつた ゆうはる)氏を1937年の『淑女は何を忘れたか』から1962年『秋刀魚の味(遺作)』まで、東宝2本(1950年『宗方姉妹』1961年『小早川家の秋』)と大映の『浮草(1959年)』を除く作品で起用。
チャップリンは、ロリー(ローランド)・トザローを1918年『犬の生活』から、アメリカを実質追放される1952年の『ライムライト(顧問のみ?)』まで30年以上一緒に仕事をした。