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『大阪物語』はラテン

溝口健二“原作”の『大阪物語(1957年)』を観た。映画の撮影前に溝口健二は他界してしまい、戦前から溝口作品の常連だった依田義賢(よだ・よしかた)が脚本を書き、溝口の代役は吉村公三郎という監督が務めたが、私はこの監督の作品を知らない。それもあって、この映画の評価は自分には難しいところがある。原節子、京マチ子など主演女優の魅力を引き出す能力に定評があるそうだが、なんと小津安二郎の『淑女は何を忘れたか(1937年)』で助監督をしている。戦前の小津作品の中でも大好きな作品だ。『源氏物語(1952年)』も監督しているが、その作品でカンヌ国際映画祭の撮影賞を受賞した杉山公平を『大阪物語』でも起用。いつもの宮川一夫でない。そのせいか、子供のアップから始まるファースト・シーンから、いつもの溝口映画とは違う作風だと思った。その後も全体的にカメラの寄りが近い。物語の内容も、中村鴈治郎の演じるドケチな商人を始めキャラクターの設定が極端で、いつものリアリズムとは違い“ブラック・コメディ一”歩手前。
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そういった違和感はオープニング・タイトル後からすでにあった。溝口作品は、タイトルとクレジットが流れるバックに、雅楽などの“邦楽”が使われる事が多いが、この『大阪物語』でも「イヨォオーーッ」という掛け声から長唄(端唄?)が始まる。

しかし何か違う。
ラテンだ!

シャカシャカとリズムを刻むギロとクラベスが邦楽に乗っかっている。
最初は「まさかな…」と思っていたが、クラベスの3-2クラーベで確信した。
(劇中では、もう少しコンテンポラリーな2-3クラーベでのテンポの早い曲がコミカルに流れる)

いつもは「音楽」を早坂文雄、「邦楽」を望月太明吉という人が担当することが多い。(たとえば『山椒大夫(1954年)』『祇園囃子(1953年)』『雨月物語(1953年)』では、「邦楽」として望月氏の名前がクレジットされている)今回は「音楽」を『ゴジラ』などで有名な伊福部昭(いふくべ・あきら)。そして「邦楽」は中本利生という人が担当。この“ラテン邦楽”は中本氏がアレンジしたものなのか、それとも伊福部氏とのコラボなんだろうか。
イントロはゆっくりと始まって、その後少しづつテンポが上がっていく様子を聴いていると、ラテン・チームが邦楽に合わせているように聴こえる。クラベスが小鼓(こづつみ)の音色にも聴こえてくるのも面白い。私がラテン音楽にハマった数年前「ラテンと邦楽は相性がいいのでは」と考えていたのだが、まさか半世紀も前の映画で耳にするとは思っていなかった。この“ラテン邦楽”は『大阪物語』のコミカルな要素と、さらに言うなら“日本のラテン”ともいわれる『大阪』そのものを巧く表現したものだろうか。私には映画そのものよりも、この奇妙な音楽が一番インパクトがあった。