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『宗方姉妹(新東宝)』松竹以外での小津作品の照明-1

1950年の『宗方姉妹』は、小津安二郎が初めて松竹以外で監督をした映画で『晩春(1949年)』に続く作品。撮影は、小原讓治。『阿片戦争(1943年)』という映画でも撮影を担当した他、田中絹代が主演する『恋の花咲く伊豆の踊子(1933年)』では美術を受け持っている。照明は、藤林甲(ふじばやし・こう)。『西鶴一代女(1952年)』『ビルマの竪琴(1956年)』『嵐を呼ぶ男(1957年)』などに関わっている。

結論から言うと、意外にも『宗方姉妹』での切り返しショットは、小津作品における“三次元的に不自然”な“不思議照明”の分かりやすいサンプルとも言える映画だった。しかもイマジナリーライン越えまくり。少なくとも“切り返しショットと照明”に関しては、典型的な小津調を大いに堪能できる作品と言える。
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特に目立つのは、『小津の切り返しショット[2]:視線の先には誰もいない』という記事で、“極端な例”として挙げたパターンが何度か登場する事だ。向かい合った二人が同じ方向を向く切り返しショットが何度も登場するのだ。
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しかも、向かい合っているはずの二人の人物なのに、画面上“同じ方向”から光が当たっている。つまり、片方の人物に対しては“実際の光源の逆”から照明が当てられているのだ。

また、この暗がりのバーのシーンでは、実際には光源のない方向から光が当たっているのがはっきり分かる。
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笠智衆とのシーンでは、田中絹代に当たる照明が、ツーショットの時とアップ(単独の全身ショット)の時では逆になっている。
※クリックで拡大(以下同)
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この三人のシーンでは、アップの笠智衆に当たる照明がだけ“逆”だ。笠と上原謙は、しっかりとイマジナリーラインを越えている。
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家の二階での山村聡との二度にわたる口論シーンでも、アップと引きのショットで、どちらのシーンも“逆(アップでは右から、全身ショットでは左から)”になっているのが面白い。しかも似た二つのシーンで二度とも“同じ法則”が適用されている。どういう意図があるのだろう。
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家具店での一連のシーンでも、左上の高峰秀子だけが右の額にハイライト(キーライト?)が当たっている。上原の単独ショットに合わせた“不思議照明”だろう。だが、左下の照明はちょっと“微妙”。高峰の額に当たる照明が彼女の“単独ショットと逆”…というのは(小津調の照明として)良しとしても、身体の影が両方向に出来ており、これまた不思議だ。右下のショットも高峰の背後にある影が、ハイライトと逆方法。数台の照明機材をカットに合わせて動かしたり明るさを調整(可能なのか?)しているのだろうけど、これについては、どうも明確な“法則(ルール)”が見えてこない。
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松竹での小津は、厚田カメラマンに照明を全面的に任せていたという。東宝作品『宗方姉妹』での“大胆なイマジナリーライン越え”と“三次元的に不自然な照明”は、東宝スタッフなりの“小津調の再現”なのだろう。独特な作風を強く意識するあまり、“小津ルール≒不思議な照明”のイメージが必要以上にデフォルメされたのかも知れない。“オリジナル”と“その解釈”という違いというべきか。
それとも小津監督として初のアウェイ現場という事で、監督自らが、いつもより細かく指示を与えた結果なのだろうか。他の松竹外作品、9年後の大映作品『浮草』と11年後の宝塚映画『小早川家の秋』では、これほど極端な“小津ルール”、つまり“不思議照明&イマジナリーライン越え”は登場しない。1950年時点の『宗方姉妹』に見られる“際立って突出した小津ルール”についての要因は、今の段階ではこれ以上は想像の域を越えない。
(続く…)
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『宗方姉妹(新東宝)』松竹以外での小津作品の照明-1_b0183304_16444451.jpg『宗方姉妹(1950年)』